服部義史の北の闇から~第2話 こだわりの逸品~
旭川在住の田中さんの趣味は音楽鑑賞である。
休みの日になるとコーヒーを飲みながら、中古で買った自慢のアンティーク機器を使ってクラッシックを聞くのが常となっていた。
ある日曜日の午前十時過ぎのこと、優雅な時間を堪能していると、『ブチッ、ブツ』というノイズが聞こえ始めた。
最初は我慢していたが、どうしても音楽への集中が途切れてしまう。
「しょうがないな……」
スピーカーやケーブルの接続箇所を確認しても、特に異常は見られない。
予備のケーブルと差し替えてみても、ノイズは収まることはなかった。
(デッキ本体か……)
結構な年代物であるので、不具合が出てもおかしくはない。
彼は内蔵のアンプ部分の故障だろうと決めつけた。
デッキを買った専門店に電話を掛け、現状と彼の推測を説明する。
「うーん、一度確認してみないと何とも言えないので、修理という形で持ち込んでもらえますか?」
店側としては当然の回答であった。
田中さんのデッキはそれなりの大きさも重量もある。
壊さないように気を付けながら、車に積み込んで運ぶということを考えるとそれだけで気が重くなった。
(とは言っても、やるしかないしなぁ……)
気合を入れて作業に取り掛かる。
電源ケーブルや各種配線を外し、デッキやスピーカーをそれぞれ毛布で包んだ。
車に運び込もうとデッキを持ち上げた瞬間、スピーカーから大音量が聞こえる。
動揺した田中さんの手からデッキは滑り落ち、ガシャンと嫌な音を響かせた。
状況は一切理解できない。
しかし、スピーカーは音を出し続けている。
有り得ない、とは思いつつも、スピーカーに配線が付いているのかもしれない。
包んだ毛布を剥がしてみる。
――カサカサカサッ
一瞬、蜘蛛か何かが這い出てきたと思った。
だがそれは青白い右掌で、五十センチ程這うように移動した途端、その姿を消した。
暫くは呆然としていたが、時間の経過で漸く我に返る。
そのときにはスピーカーからの音は止んでいた。
(見間違い。間違いなく何かの見間違い。音だって鳴ってなかったかもしれない)
自らに強く言い聞かせるようにして、正気を保とうとした。
落ち着きを取り戻した後、機材をまた毛布に包んで車に積み込んだ。
目的の店まで車を走らせる。
もう少しで着くと思った瞬間、後部座席からまた大音量のクラッシックが流れ出した。
バックミラーで確認するのも恐ろしく、自然とアクセルを踏み込む力が増した。
何故か店に着いた途端、音楽は鳴り止んだ。
既に自分で車から降ろすことも怖くなっていた田中さんは店に飛び込み、店員に全部降ろしてもらった。
「じゃあ、確認してみますか」
店員が毛布を剥がそうとすると、田中さんはそれを制する。
「いいから、後で! 僕が帰った後で、じっくり修理してくれればいいから!」
「は、はぁ……」
修理依頼の伝票に必要事項を書き込み、逃げるようにその場を後にした。
帰宅後、お店から電話が入る。
「いやぁ、中が結構壊れていまして、部品の発注をしなければならないんですが、年代物なのでもう手に入らない可能性もあるんですよ……」
「じゃあ、処分してください」
「え……、いや、取り敢えず部品があるかを確認して、それから見積もりを作って……」
「いや、もういいので、処分してください」
「えーとですね、処分するのにもお金が掛かりまして……」
「払いますから処分してください。処分し終わったら、お金を払いに行きますので」
田中さんの言動を店員は訝しんでいたようだが、兎に角処分で押し切った。
現在、田中さんは安く小さなデッキを使って、音楽鑑賞を続けている。
あれから異変は起きてはいないが、何かあったときに簡単に捨てられる物が一番だというのが理由らしい。
(完)
著者プロフィール
服部義史 Yoshifumi Hattori
北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他共著に「恐怖箱 怪書」「恐怖箱 怪画」など。
★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は6/19(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!