服部義史の北の闇から~第4話 伝えたい~
巨漢の中村さんはインスタントラーメンが大好物。
ほぼ毎日、最低一食は食べているというのだから相当のものである。
彼の作り方は至ってシンプルなものであるが、終盤で卵を落として半熟状態の一個に齧り付くのが好きであった。
ある日曜日のこと、お昼ご飯としてラーメンを作っていた。
いつものようにドンブリなどは用意せずに、熱々の状態で片手鍋のまま食べ始める。
(やっぱ美味いなぁ)
どんどんと食べ進め、口直し的な感じで卵に箸を伸ばす。
そーっと摘まみ上げ口に運ぶのだが、そのとき、ぷるんと弾けるように崩れてしまった。
白身が隠れるように一気に黄身が流れ出す。
(あー、ほぼ生じゃん。失敗したなぁ……)
まだ鍋には余熱があるので、ぐじゃぐじゃとかき混ぜて黄身を固めようとする。
(んっ?)
箸で混ぜ続けるが、何故か一向に黄身は固まってはくれない。
それどころか、黄身の海は広がり続け、スープの部分を覆いつくそうとしていた。
とても一個の卵の黄身の量とは思えない状態となった。
動揺しながらも箸で混ぜる手を続けていると、ぷかっと何かが浮かんできた。
それを箸で摘まみ上げてみる。
所々黄身が付いてはいるが、明らかに半分に折ったお線香であった。
(え? 意味がわかんないんですけど?)
状況を理解することはできないが、残り半分のお線香も、鍋の中に沈んでいる可能性がある。
冗談じゃない、と思いながら箸で探そうとした。
ぐじゃぐじゃと箸を混ぜ続けていると、何かの固い物に触れた感覚があった。
箸でそーっと摘まみ上げると、黄身に塗れた蝋燭であった。
「はいーーー?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
その直後、彼の脳裏に答えのようなものが浮かぶ。
――あっ、今日は母さんの命日だ。
すぐさま彼は仏壇に向かって、蝋燭とお線香をあげて手を合わせた。
「今でも意味がわかんないんです。何でラーメンからあんな物が出てきた、ってのもそうですが、それで命日を思い出したってことも……」
その日は中村さんの母親の九回忌だった。
生前の母親はインスタントラーメンばかり食べたがる彼のことを、快くは思っていなかったらしい。
この件で懲りた部分もあるのかと思ったが、中村さんの食生活に大きな変化はないという。
唯一変わったことといえば、卵を落とすのを止め、適当な野菜を加えるようになったそうだ。
「また、あんな物が出てきたら困るので……」
中村さんはそう理由付けるが、私はそれを聞き、少し温かい気持ちになったことは言うまでもない。
著者プロフィール
服部義史 Yoshifumi Hattori
北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。
★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は7/17(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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