服部義史の北の闇から~第17話 視力回復~
外崎さんはここ最近、視力の衰えを感じていた。
そこで意を決し、眼鏡を作ることにした。
お店を訪れ、視力を計測すると、想像以上に落ちていることが分かった。
デザインや機能などは一切分からないので、お店の人に言われるがままの物を作ってもらうことになった。
それから一週間後、出来上がった眼鏡を引き取りに行く。
実際に掛けてみると、視野が鮮明に広がる。
ただ、視界の端の方では若干の歪みを感じ、酔ったような感覚も味わう。
「如何ですか? 結構違うと思いますけど」
「そうですね、かなりはっきり見えます。……ただ、眼鏡の端というか、その辺りで眩暈のような歪んだような変な感じもするんですが」
「ああそれは慣れるまでの間はありますよ。皆さんそうですから」
そんなものなのかと外崎さんは納得し、暫くは日常生活を気を付けながら過ごしていくことにした。
眼鏡を作成してから三日後。
その日は仕事が立て込み、通常の帰社時間を過ぎても見積もり作業に追われていた。
「ふーう」
一度大きく伸びをして、残りの作業量を計算する。
(このペースだったら上手く行って、零時頃ってとこか……)
眼鏡のお陰でモニターの数字は見易くはなったのだが、まだ端の歪みが気になる。
時折、目を閉じて休ませるようにしながら、必死にキーボードを叩いていた。
「よし、終わった!」
社内の時計を確認すると、二十三時を回っていた。
予想よりも早く終われたことで気分は上がる。
急いで書類を片付けると駐車場に向かい、ハンドルを握った。
時刻も時刻なので交通量は非常に少ない。
多少スピードを出し気味で、家路を急いでいた。
十分程、走行していると、歩道の方から黒い人影が飛び出してきた。
(危ない!!)
急ブレーキを踏むが、タイミング的には完全に轢いていると思われた。
特に衝撃のようなものは感じなかったが、人を撥ねた経験などはないので、そのようなものなのかもしれない。
生唾をごくりと飲み、恐る恐る車から降りて状況確認をしてみる。
周囲を見渡し、車の損傷なども確認するが、異常は見当たらない。
もしや、と車両の下部を覗き見るが、冷えたアスファルトが広がるだけであった。
(気のせいか見間違いか……)
そうは思うが、なかなかその場から離れることはできない。
結局、それから三十分以上も撥ねたであろう人の姿を探し続け、漸く諦めがつけられた時点で帰宅することにした。
「この日が始まりだったと思います」
外崎さんはそれから三か月間の間に、同じような人影を轢いた感覚を十回以上も体験した。
時間帯などに関連性は無いらしく、日中でも遭遇していた。
また最近では、会社の中や路上で明らかにこの世のものではない存在を見かけるようになっていた。
土気色の肌と虚ろな目という点では共通しているが、普通に着衣している為、一瞬では生きている人との見分けはつかない。
偶々その場を通りかかった人が、死者的な存在を擦り抜けてしまうので、ハッとして気付いていたという。
「最近、大分眼鏡が馴染んできたような気がしていたんですよ。そうしたらこの状況です。……視力が良くなったら、そういうものが見えたりするんですか?」
外崎さんの問いに対し、正しい答えを出すことはできない。
「今はまだ外で見るだけだからいいんですが、これが自宅で見るようになったら……」
その憂いに対しても、掛ける言葉は見つからなかった。
著者プロフィール
服部義史 Yoshifumi Hattori
北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。
★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は1/15(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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