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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第18回 ~タクシーに乗って~

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片町で飲んでいるとついつい時を忘れ、気が付くと午前1時を回っている。
当然バスは終わっているので、帰りは徒歩かタクシーということになるが、徒歩だと40分かかるところが、タクシーだと10分足らずで着いてしまう。
酔っ払った状態で歩くのは難儀なもので、やはりタクシーがいいなぁというのが本音である。
もっともタクシーの運転手さんからすれば近すぎるため、儲からない。行き先を告げると舌打ちされることもしょっちゅうだ。
そんなわけで、タクシーに乗る時はあるルールを決めている。
それは、目的地を告げた時に舌打ちをした運転手さんには、終始無言でいて、タクシーを降りる際にもメーター通りの料金しか払わない。
一方、舌打ちをしなかった運転手さんには、少しばかり多くの乗車賃を支払い、代わりにひとつ質問をする。

そう、何か怖い話、知りませんか?――と。

真夜中から朝になるまで走り続けるタクシーの運転手さんならば、怖い話のひとつやふたつ持っているに違いない。
俺は常にそう思っているし、実際タクシーの運転手さんからはこれまでにも沢山、怖い話を聞かせてもらっている。

しかし、その夜乗ったタクシーは少し勝手が違っていた。

車種は古めの国産車だったと思うのだが、俺が車内に乗り込んで行き先を告げても運転手さんは舌打ちをしなかった。
(お、これは当たりかな……)
そう思っていると、運転手さんの方から声をかけてきた。

「相乗りになりますが構いませんか?」

声が低かったので一瞬とまどったが、相乗りの経験自体は何度かあったのですぐ快諾した。

「相乗りですか? ああ……はい、構いませんよ!」

片町で飲んでいると、忘年会シーズンなどはとくに、「相乗りでいいなら」と条件を付けられる。だが、それはいつも飲み屋のお姉さんとの相乗りを意味していたから、俺としても断る理由は無かったし、乗車賃も安くあがることが多いので悪くない話だった。


タクシーは俺の予想通り、片町の細い路地を右へ左へと入っていく。
そして、ある雑居ビルの前で停まった。
(……?)
片町にはそれなりに詳しい自負があったが、その雑居ビルは初めて見る建物だった。
いや、雑居ビル以前に、その時タクシーが停車した道が全く見覚えのない場所だった。
おまけにその雑居ビルは、廃墟とまごうほどに明かりが全て消えている。

運転手さん、こんなビルで営業しているお店なんてあるんですか?

そう質問しようとしたところで慌てて俺は口を閉ざした。
後部座席のドアが開いたのだ。
ぱっと横を見ると、其処には1人の女性が立っており、静かに車内へと乗り込んできた。
綺麗な顔立ちで、いかにも水商売といった感じの化粧とドレスを纏っていたが何故か一言も喋らなかった。

普通なら、お邪魔しますとかなんとか言うもんだろ?
美人なのに感じが悪いな……。

そう思っていると、車はまた走り出し、俺の自宅方面に向かって片町を抜けていった。

車内には重苦しい空気が流れていた。
当然だ、全く誰も喋らないのだから。
タクシーの相乗りで、これほど車内が静かなのは初めての経験だった。
どうにも居心地が悪くて、俺は少しでも車内の雰囲気を良くしようとあえて自分から話しかけたのだが……。

「こんばんは!」
「…………」

女性は何も聞こえていないかのように全く反応を示さなかった「。

イヤだなぁ。
きっと飲み過ぎて疲れてるんだろうけどさ……。

さらに悪くなった車内の空気に話しかけなければよかったと思ったが後の祭りだ。

まぁ、どうせすぐ自宅に着くんだから。

そう思い直し、俺はこのまま無言でいる事を決めた。
しかし、その夜は何故か異常なほどの睡魔に襲われた。
いつもはどれだけ飲んでも眠気に襲われることなどないのだが、その時は無性に瞼が重く、引きずりこまれるような眠気に俺はかなり戸惑っていた。

もう家まであと少しだ……。
いま眠る訳にはいかない……。

そんな思いも虚しく、俺はそのまま寝落ちしてしまったようだ。

ふと、耳元で声が聞こえた。
女性の声……香水の匂いが鼻につく……。

一緒に行かない……?
生きていても辛いだけでしょ……?

その声はなぜか、とても心地よく聞こえた。
きっと催眠術というのはこんな感じなのだろう。

……ねえ?
どうする……?

相変わらず、女性の声が心地よく聞こえてくる。
本来ならばそんな声が聞こえたら、すぐに起き上がってその声の主が誰か――相乗りしている女性なのかを確認している筈だった。

しかし、その時の俺は体に全く力が入らなかった。
まるで金縛りにでも遭っているかのように。

ああ、このまま眠り続けられたら幸せかもしれないな……。

そんな事をぼんやりと考えていた時、悲しいかな、仕事の事が頭をよぎった。

明日は大切な打ち合わせがある。
そして、午後からは納品だってある。

それを思い出した刹那、俺は弱々しく答えていた。

「……いや、明日も仕事が忙しいんで……」

その瞬間、一気に眠気が醒めた。

え?

俺は慌てて目を開けて車内を見回した。
其処にはもう、相乗りしていた女性の姿は何処にもなかった。

タクシーの運転手さんに、先ほど相乗りしてきた女性は何処で降りたのかと聞こうとして寸でのところでやめた。
もう自宅から歩いても10分と掛からない場所までやって来ているのが分かったから。

きっと運転手に尋ねても、何も答えてはくれまい――。

そんな確信があったし、その時にはもう、一刻も早くそのタクシーから降りたい気持ちが優先した。

「あっ……もうこの辺でいいです!」

俺はやや強引にタクシーを止めると、料金を払い、急いでタクシーを降りた。
タクシーの外に出て大きく息をすると、ようやく肩の力が抜けた。

俺を降ろしたタクシーはまた静かに走り出すと、しばらく走った所で突然、視界から消えた……ような気がした。

俺は少しも驚かなかった。

きっとあのタクシー自体、普通のタクシーではなかったのだ。
相乗りしてきた女もろとも……この世のものではなかったのかもしれない。
……そう、感じたから。

幸いそれ以降、俺はあのタクシーに遭遇していない。
だが、こうも思うのだ。
彼らは今夜もまた、片町のどこかで乗ってくる獲物を探しているのだろうか……と。

著者プロフィール

営業のK

出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話! 段落

★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は11/27(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

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