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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第20回 ~ずぶ濡れ~

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これは以前、飲み屋の女性から聞かせてもらった話になる。

その頃、彼女は片町のラウンジで働いていた。
連休という事で片町の飲み屋はどこも一杯、だから彼女も嫌な予感はしていたのだという。

それは、帰りにタクシーに乗れないのではないか……? ということだ。

ラウンジで働いていると、付き合いで飲む酒の量もハンパではなく、しかもお客さんに合わせて焼酎、ウイスキー、日本酒、ビール、ワインと様々種類をちゃんぽんで飲まなければならず、ようやくお店が終わり帰路に就く頃には、かなりふらふらになっている。
お店が終わるのは早くても午前1時すぎ。
そんな時刻にバスが走っている訳もなく、帰りの交通手段はいつもタクシーと決まっていた。そのタクシーがつかまらないと、帰る手段がないということになる。
だから彼女は、そういう忙しい日は出来るだけ早く帰路に就くようにしていた。

しかし、その夜は特にお客さんの入りが良く、一組帰っても、すぐにまた新しい一組が入ってくるという感じで、忙しい夜だった。
そんな中で、自分ひとりだけ「早く帰りたい」とも言えず、結局、お店が終わったのは午前3時近くだったという。
お店から馴染みのタクシーに電話をするが、やはり繋がらない。
諦めてタクシー乗り場に向かったが、あいにくタクシーは一台も待機しておらず、乗車待ちの長い列だけがむなしく延びていた。
彼女はため息をついてその場を離れた。

季節は初夏。
外はさほど寒さは感じなかった。
彼女は酔った頭でしばし考え、こうなったら歩いて自宅マンションまで帰ろうと決めた。
何度か歩いて帰ったことはあったし、このまま漫然とタクシー乗り場の最後尾に並んでいたら、いつ自宅へ帰れるかわからなかった。

かなりの量を飲んでいたが、思いのほか足取りはしっかりしている。
彼女は自宅のある兼六園方面に向かってゆっくりと歩き出した。
普通に歩けば30分ほどの距離だ。
彼女は市役所の裏通りを行き、出来るだけ距離を短縮できるようにルートを選んで歩いた。

黙々と歩き、21世紀美術館の横を通って大きな通りに出た。
そして県立美術館に向かう坂道を横目に見ながら、金沢城公園のある方向へと歩き続ける。

と、その時だった。

突然、ポツポツと雨が降り出したかと思うと雨脚は一気に強まり、あっという間にバケツをひっくり返したようなどしゃ降りに変わった。
あいにく周りにコンビニなど無い場所だ。
傘の用意もない。
それなら少し雨ざしが弱まるまで、木の下で雨宿りでもすればよかったのだが、その時の彼女は、それすら面倒に思えた。

どうせもうずぶ濡れなんだし、このまま濡れながら帰ろう……。

そう思ったという。

やはりその日の夜はお店が忙しく、彼女も相当疲れていたのだろう。
とにかく今は、一刻も早くマンションに帰ってシャワーを浴びて寝たい……。
それだけで頭がいっぱいだったそうだ。

昼間は兼六園の観光客で賑わう通りも、さすがにその時刻になると街灯も少ないこともあって、かなり心細くなる。
前もその道を通って帰ったことはあったが、その時もかなり心細かったのを覚えている。
自分の歩く靴音がやけに耳について、何度もキョロキョロと後ろを振り返ってしまったっけ……。
幸い今夜は、道路に叩きつけられる雨音にかき消され、余計な音を拾うこともない。
最初は肌に濡れた服が張り着くのが気持ち悪かったが、さすがにこれだけ濡れてしまうと気にならないというか、むしろ気持ちよくさえ思えてくる。
絶え間ない雨音。
黙々と家路を目指し繰り出す足。

と、その時―――彼女の視界に妙なモノが入り込んだ。

それは木の下で雨宿りをしていると思しき女性の姿だった。
白い服を着た、背の高い女性。
その女性が、今まさに前を通り過ぎようとする彼女の方を、じっと見ているのが分かった。

あの人も夜の店で働いている女性かしら?

そう思いながら彼女は黙々と歩き続けた。

が、次の瞬間、彼女は思わず、えっ?と小さな声を上げてしまった。

ついさっき彼女が目の前を通り過ぎたはずの女性が、前方の小さな木の下に先ほどと同じように雨宿りをしているのが見えたからだ。

……なんで?
さっき間違いなく通り過ぎたのに……。

混乱した彼女は、慌てて後方を確認した。
すると、もう其処には先ほどの女性の姿は無い。

おかしい……。
まさか、さっきの女の人が移動したってこと?

そう思いながら彼女がまた前方に向き直ると、誰かが自分の真横を並んで歩いているのが分かったという。
視界の端に、確実に……いる。
同じペースで歩いている。
跳ね上がる心臓を押さえつけながら、彼女は少しだけ視線を真横に向けた。

其処には間違いなく白い服を着た女性らしきものが、うっすらと見えた。
彼女と歩調を合わせるようにして真横を歩いているのが……。

……え?
……なんで?

彼女は何が起こっているのか、全く理解出来なかった。
もう一度だけ、横を歩いている女性の方へと視線を向ける。

そこで気づいた。
横を歩く女性は、全く濡れている様子が無い。
髪も。白っぽいワンピースも。
それを見て確信した。

このひと、生きている女じゃない……。

一度そう思い始めると、恐怖は一気に彼女に圧し掛かってくる。
みるみるうちに全身が強張り、凍り付く。
しかし、それ以上に恐ろしかったのは、自分の意志とは関係なく、まったく歩みを止めようとしない己の身体だった。

誰かに操られているような感覚。頭の中で、

これって……憑依されてる?

と冷静に考えていたのが不思議だったという。

そして、何故かだんだんと恐怖が遠のいていくのだ。
まるで夢の中にでも居るように、ぼんやりとした気持ちに侵食されていく。
苦痛ではない、むしろ気持ちが良いという表現がピッタリだったという。

そのうち、彼女は歩きながらどんどんと意識が遠くなっていくのを感じ始めた。
そこから彼女の記憶は欠落している。

気が付いた時には、警官二人に押し倒されるようにして保護されていた。
場所は石川門へと続く石橋の上。
橋の欄干から下の道路へと飛び降りようとしていた所を運良く保護されたのだが、その時、彼女は泣きながら

「早く死ななきゃ……早く死ななきゃ……!」

と呟いていたという。

そういえば、確かに観光名所である石橋から下の道路へ落下して死亡する事故が続いた時期があった。

もしかしたら――……

それらは全て、彼女と同じ白い女に会っていたのかもしれない。

著者プロフィール

営業のK

出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話! 段落

★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は12/25(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

⭐12/28には待望の新刊「闇塗怪談 断テナイ恐怖」が発売予定!

闇塗怪談

断テナイ恐怖

営業のK

怪異は私の家の中まで入り込んでいる。
だからもう、深夜の執筆はできない…
~あとがきより~

断ち切れない血の因縁と地の呪縛、闇深き怪を集めた金沢発人気実話怪談シリーズ第6弾。

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