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【新刊 単行本】日常系ホラーノベル『視える彼女は教育係』(ラグト)内容紹介・試し読み

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エブリスタ × 竹書房
第2回 最恐小説大賞 短編連作部門受賞作

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【あらすじ】

新入社員として雇われた会社で、
「僕」の教育係についた先輩・黒川瑞季。
彼女はなんと、この世ならざるものたちが視える人だった!

夜道で、オフィスで、そして周囲の人々のあいだで巻き起こるさまざまな怪奇現象を、黒川瑞季が持ち前の頭脳と霊能力で解決していくが——―
やがて、最凶の因縁に巻き込まれてしまう!

憑かれ系新入社員の僕と彼女、取引先の社長から病み系OL、最強巫女に闇の心霊事件屋まで、多彩な登場人物が織り成す痛快オフィスホラー!

【目次】

【最恐小説大賞とは】

小説投稿サイト・エブリスタと竹書房がノールールで募るホラー小説コンテスト。心霊、サイコ、サスペンスなどジャンル不問。タブーはなし。純粋にいちばん怖い話を大賞とする。

第1回は『ヴンダーカンマー』『怪奇現象という名の病気』
第2回は長編部門『森が呼ぶ』(7月発売予定)と短編連作部門『視える彼女は教育係』が受賞。

試し読み

エピソード3「幽霊道路」

 Sにまつわる体験から少し経過した、一年で一番日が長い頃のことだったと思う。
 その日、昼休みに仕事場の一角で人だかりができていた。気になって行ってみると、職場の先輩がノートパソコンで車の走行中に撮影した映像を流していた。
 その先輩は元暴走族だったというが、雰囲気は穏やかで後輩の面倒見も良く、僕も彼の経歴を聞いたときはびっくりしたのを覚えている。しかし、見た目は変わったとはいえ、先輩の趣味が愛車での山道走行というあたりはさすが元暴走族という感じだった。
 そして、その山道走行中に撮影した映像に職場の人間が集まっていたのである。

「なんで、みんな集まってるんですか?」
「ああ、これな、お前も見てみろよ、先輩が撮った映像の中に幽霊みたいなのが映ってるんだよ」
 それを聞いて僕も興味を持ち、映像を見せてもらった。
 車載カメラで夜の山道走行を映したものだったので、最初に見せてもらったときにはよくわからなかった。しかし、映像を問題の場面で止めてもらうと、確かに山道の右脇に赤っぽい服を着た女の子が横を向いて体育座りをしている姿が映っていた。
 先輩は最初気づいていなかったそうだが、職場で映像を見せているときに同僚の一人が女の子に気がついて、幽霊じゃないのかと騒ぎ始めたらしい。
 僕と一緒に見ている人達は「何か違うものが女の子みたいに見えているのかな?」「本当にそこに地元の女の子が座ってたんじゃない?」と口々に意見を言う。
 誰かが映像の場所を聞いたところ、先輩が口にしたのは県内でも有名な、いわゆる心霊スポットの道路だった。その名前を聞いて、皆一様に「じゃあ本物かなあ」とざわめき始める。
 しかし、当の先輩はまだこの少女が幽霊かどうか、半信半疑の様子だった。
「確かに俺もこの道の変な噂は聞くけど、十年近く走ってそういうのは見たことないけどなあ」
 僕はこういうときこそ、いわゆる霊感のある黒川さんの出番だと思い、彼女を探した。けれども……見当たらない。
 そのとき事務所内の行き先ボードを見て思い出した。
 彼女はその日、課長と一緒に販売協議会という名目で、取引先との接待旅行に行くと言っていたのだった。行き先は県内の温泉ホテルで、一泊二日の泊まりだ。
 仕方がないので、僕は先輩に問題の場面の画像を一枚、僕の携帯に送って欲しいとお願いした。
 こんなものどうするんだよ、と当然のごとく聞いてきたので、黒川さんに見てもらいたいと正直に言った。
「えっ、黒川さんに? う、う〜ん、別にかまいはしないが」
 なぜか先輩の表情が渋くなる。
「そういえば、黒川さんがお前の教育係になったんだよな」
「あっ、はい、そうなんですよ、二つ上で一番年が近いからって。あんな綺麗な先輩が教育係なんてツイてますよね」
 教育係とは文字通り会社に入りたての新人に一連の業務を教える係のことだ、普通は年の近い先輩が受け持つことが多い。僕は黒川さんの営業や県内の出張についていき、取引先に挨拶をしたり、実務について学ぶことが日々の仕事になっていた。
「おまえ……黒川さんのこと怖くないのか?」
 不意に尋ねられた彼女に対する怖いという印象、それは単に仕事に厳しいという意味とは別のことを指しているように感じた。
「あっ、いや、なんというか、ちょっと近寄りがたい雰囲気しているし、黒川さんもあんまり仕事以外では積極的に他の人と関わろうとしないからさ」
 先輩は気がついたように慌ててフォローを入れる。
「そういえば、黒川さんも案外すんなり受け入れたよな、彼女のことだから新人の教育係なんて色々理由付けて断ると思ったのに。おまえ彼女と何かあったのか?」
「……はい、じつは先日亡くなった知り合いのことで色々と助けてもらって」
「ああ、なるほど、それでこんな心霊画像をなあ」
 先輩は、僕がまるで珍しいもの見たさのような感覚で、彼女に近づこうとしていると感じたのかもしれない。そう指摘されると、僕自身これまでの出来事で黒川さんという女性についてはもちろん、心霊のことにも興味をもち始めているのは間違いないように思える。
 結局、画像は送ってくれたが、僕はなぜ先輩が黒川さんに画像を見せるのをためらったのか、わからなかった。

 その日の夕方、終業時間直前に課長から連絡が入った。
 課長に同行している黒川さんが明日の朝にどうしても外せない打ち合わせが入ったので、夜の宴会が終わるタイミングで彼女を迎えに来て欲しいということだった。
 確かに県内とはいえ、タクシーを使うよりはガソリン代を支給して誰かに迎えに来させるほうが遥かに割安の距離だ。
 そして、その役割に僕が選ばれたのは、彼女が僕の教育係になっていたためだった。
 僕は少々時間を潰しながら、指定された時間にホテルへ到着した。
 課長の携帯に連絡すると、しばらくして課長と黒川さんがロビーから外に出てきたので、彼女を助手席に乗せてホテルを出発した。
 黒川さんは宴会後なので少し酔っている様子で、ぐったりとシートにもたれかかった。
「悪かったわね、急に迎えに来てもらって……晩ご飯はもう食べた?」
「あ、まだです」
「じゃあ私がおごってあげるからご飯食べに行きましょう」
「え、黒川さんは宴会で食べてないんですか?」
「お酌に回っているばっかりでほとんど食べてないのよ。こんな美人のお姉さんと一緒に食事に行けるんだから嬉しいでしょ」
 黒川さんは美人だが、それを鼻にかけるような性格ではなかったので、女性付き合いの少ない僕に対するからかいの意味を込めた言葉と思われる。
 実際、このときの僕は緊張してしまい、何を話していいのかわからず頭の中は混乱してしまった。
 そこで僕は昼間に送ってもらった幽霊画像のことを早速聞いてみようと思った。
 くだんの幽霊道路は偶然にも少々遠回りではあるが、今通っている帰り道の近くだった。
「そういえば黒川さん、この近くにある幽霊が出るっていう道路、知っていますか?」
「……知ってるけど、それがどうしたの?」
「いえ、じつはそこで撮れた変な画像が手に入りまして」
 運転しながら、携帯を取り出して例の画像を出して黒川さんに手渡した。
 そのとき、車のエンジンがいきなり鈍い音を立ててストップした。
 僕は急なエンストに慌てながらもなんとか道の端に車を寄せた。
 どうしたのかなと思い、もう一度エンジンをかけようとしたが、うまくかからない。
「……やばい」
 黒川さんが例の画像を見ながら呟く。と同時に、僕は前方の景色がおかしいことに気がついた。
 黒と灰、色がその二つだけだ。
 もちろん夜の山道なので、ほとんど色など見えないのだが、車のライトと月明かりに照らされた前方の景色が、まるでモノクロテレビのようだった。
 いったいどうなっているのか……と思考が止まっていたそのとき、前方の道路に突然、色が現れた。
 灰色の中に際立つ、ぞっとするような赤色の服。
 その服は見覚えがあった。
 先輩の動画に映っていたあの少女だ。
 少女はゆらゆらと左右に揺れながら車に近づいてくる。
「アンタ、なんでこんなもの持ってきたの!」
 携帯を握りながら黒川さんは叫んだ。
「え、え?」
 僕はうろたえるばかりだったが、そうしている間に少女は車の目の前まで近づいていた。
 少女は猫を思わせるような獣めいた姿勢になったと思うと、車のボンネットに手をついて飛び上がり、フロントガラスにべったりと張りついてきた。
 少女の顔はまるで泥を塗り付けたように灰色にただれていたが、大きく開かれた目と口腔からは、服と同じ色の赤い液体が滴したたり落ちていた。
 奇怪な姿に僕は情けない声をあげて逃げようとしたが、身体がなぜかほとんど動かない。
 首をねじって助手席を見ると、黒川さんは右手の人差し指と中指を立てて、少女に向かって何か呪文めいた言葉を口にしながら素早く縦と横に動かしている。
 僕は呆然とその光景を眺めていたが、力を込めた指の動きを突然止めると彼女は僕を向いて叫んだ。
「早く出して!」
 はっと我に返って前方に向き直ると、先ほどまで運転席に迫っていた少女は忽然と消え失せ、景色にも色が戻っている。
「えっ、あれ?」
「いいから、早くここから離れて!」
 彼女に再び促されて、エンジンをかけてみるとスムーズにかかったのですぐに発進した。

 ある程度の距離を走ってから、もう大丈夫と判断したのか、黒川さんがもう一度怒鳴った。
「なんでこんなもの持ってきたのよ!」
「さ、さっきのはいったい?」
 僕はまだ放心状態で彼女の質問に答えられず、そのまま質問で返してしまった。
 黒川さんは僕の様子に呆れながら呟くように答えてくれた。
「……シャレにならない悪霊」
 力が抜けてしまったのか、先ほどとは逆に奇妙に落ち着いた様子だ。
「……やっぱりさっきの女の子は画像に映っていた女の子ですか?」
「……そうね、それと携帯の画像じゃなかったら、たぶん追い払えなかったわよ」
 そう言うと、黒川さんは携帯を返してきた。
 くだんの少女の画像は消去されている。
 その気配からとんでもなく危険なものであることは感じることができたが、なぜ撮影場所からも離れているのにそんなものが僕達の前に現れたのかを尋ねてみた。
「アンタの思いとさっきの携帯画像に引き寄せられてきたのよ」
「……えっ、画像はともかくとして、僕の思いっていうのはどういうことですか?」
「アンタの幽霊や心霊スポットに対する好奇心に引き寄せられたの! 幽霊を見に来た奴が幽霊を見るということよ!」
しんどそうに彼女は吐き捨てた。あの女の子は地縛霊で本来は囚われた場所からは容易に離れないこと、すぐに消去できる携帯画像だったこと、その二つの理由であの少女の霊とつながった因縁を断つことができたと黒川さんは説明してくれた。

 後日、車の映像を見せてくれた先輩にこのときのことを話したのだが、その際に彼はなぜ画像を渡したくなかったかを教えてくれた。
 黒川さんは、霊感があるといっても心霊スポットなどに好奇心などから近づいたりすることはむしろ避けていて、心霊に関する相談もごく身近な人間の場合だけで、進んでやっているわけではないようだ。それならば好奇心にまみれた僕の行動に躊躇するのも無理はないのだった。

「あ〜、アンタのせいで余計に疲れたわ、迷惑かけたんだから、晩ご飯おごりなさいよ」
 おごる関係が当初と逆になってしまったが、快く晩ご飯代は払わせていただいた。

―他エピソードは書籍にて―

商品情報

著者紹介

ラグト  Ragt

香川県善通寺市出身。多度津町在住。
本作『視える彼女は教育係』で、エブリスタ×竹書房 第2回最恐小説大賞(短編連作部門)を受賞し、単著デビュー。
共著に『百物語 サカサノロイ』『怪談供養 晦日がたり』『怪談生き地獄 現代の怖イ噂』など。
好きな妖怪は妖狐。

最恐小説大賞 既刊作品

ヴンダーカンマー

星月 渉

山に囲まれた閉鎖的な地方都市、椿ヶ丘学園高校の旧校舎本館でその殺人は起きた。
殺されたのは1年生の渋谷唯香。
それは「16年前」に起きた猟奇事件と酷似していた。鈴子という一人の女学生が死んだ事件と……。
現場に集められたのは学園に通う生徒と教師計5人。
誰が「彼女」と「彼女」を殺したのか……?
エブリスタ×竹書房 第1回最恐小説大賞受賞の傑作作ホラーミステリ!

怪奇現象という名の病気

沖光峰津

精神病院で常駐警備員のアルバイトをする中田哲也。
入院患者の語ることの大半は幻覚や妄想の類だが、まれに何度聞いても一貫して話の辻褄が合い、あたかも事実であるかのように突拍子もない話を語る人たちがいる。
彼らは本当に心の病気なのだろうか。
彼らの見たものが幻覚ではなく、怪奇現象だったとしたら?
哲也は患者たちに聞き込みをはじめ、やがて自身も恐ろしい怪異に巻き込まれていく……。

民話的風景に底知れぬ不気味さが漂う患者たちの追憶。
第一回最恐小説大賞に輝く、ノスタルジック短編連作ホラー!

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