6月新刊『恐怖箱 怨霊不動産』内容紹介・試し読み・朗読動画
建物に残る邪念。家と部屋の実話怪談28!
「あれ?何でだろう…」
中へ入ると身内が死ぬ空き家、澤井家。
だが真の恐怖は別に…(「何でもない家」より)
加藤一 編著
煙鳥
神沼三平太
高野真
住倉カオス
高田公太
橘百花
つくね乱蔵
戸神重明
内藤駆
ねこや堂
服部義史
久田樹生
松本エムザ
渡部正和 共著
あらすじ
「歪んだ部屋」橘百花
子供のいない夫婦の入居を推奨する奇妙な部屋。異常に出るゴキブリ、洋室から聞こえる泣き声は…
「何でもない家」つくね乱蔵
興味本位で中へ入ると身内の誰かが死ぬ空き家、澤井家。だが本当に恐ろしいのはそこではなく…
「屋根裏の絵本」ねこや堂
建て直しで古い家の解体にあたった業者が屋根裏で見つけた手製の絵本。絵に関わった者に不幸が…
「縁由の棲家」久田樹生
新興宗教の勧誘に回る信者の間で「悪霊の住処」と呼ばれるアパート。行けば祟られるというが…
「犬だけがいない家」内藤駆
妻が犬を毒殺した過去がある豪邸。その後その家で飼われる犬はいつの間にかいなくなっていて…
「あの家のこと」高野真
引越し先は外から見ると2階建てだが、階段がない家。上から聞こえる物音と声に両親は口を噤むが…
「首の家」煙鳥
中古の一軒家に引越してから毎晩見るようになった首を切り落とされる夢。霊能者に見てもらうと…
「田沢さん」服部義史
瑕疵物件に安く、時に報酬を貰いながら住むプロの渡り屋。そのプロでも駄目だった部屋とは…
編著者コメント
今年の夏の恐怖箱アンソロジーは、「瑕疵物件・事故物件」です。物件怪談は病院怪談と並んで実話怪談の定番にして基本ですが、定番にして基本だけにやり尽くされてる感があって難しいよね、と恐怖箱レギュラー著者陣もぼやいていました。
が、蓋を開けてみたら……鉄板から絶叫から落涙まで一通り揃ってしまいました。
怪談のネタは世に尽きまじ、です。
試し読み1話
必殺の家 つくね乱蔵
磯山さんの趣味は風水鑑定だ。
若い頃に興味を持ち、わざわざ講座まで受けたほどである。
あくまでも趣味の範囲だが、頼まれればアドバイザー的な役割も担う。
自身の家はもちろん、今までに二桁にも及ぶ実績があった。
それは二年前の春のこと。磯山さんは新たな依頼を受けた。
友人からの紹介で、今岡という女性だ。費用は幾ら掛かっても構わないので、風水的に最強の家を作りたいのだという。
一部上場企業に勤める今岡の夫は、仕事以外の付き合いも多く、家のことまで手が回らない。
今回の新築に関しても妻に一任しているらしい。既に土地は購入済みで、平屋を建てる計画である。
家族やお客様がゆったりと過ごせる家が理想だ。
相場の二倍以上の謝礼金に惹かれたのはもちろんだが、最強の家という言葉が磯山さんを奮い立たせた。
当然、注文住宅である。既に設計士と工務店も決めてあるとのことだ。
今岡は、大まかな設計図を持参していた。磯山さんは持てる知識を総動員して、その設計図に書き込んでいく。
説明しながら、要所を丸印で囲む。じっと見ていた今岡は、真剣な口調でこう言った。
「絶対にやってはならないことも教えてください。それと――」
家の中に、土地の神様用の社を作るつもりだから、それに最適な場所も教えてほしい。
磯山さんは、ほんの少し違和感を覚えた。そんなことをする家など聞いたことがない。
だが、多額の謝礼金が迷いを消し去った。要するに大規模な神棚だと判断し、設置場所を決める。
その後、幾度かの相談を経て、最強の家の下地が出来上がった。これを何処まで活かすかは設計士の腕に任せるしかない。
最終日、設計士にも直でアドバイスしようかと提案したのだが、今岡は柔らかく微笑みながら強く拒否した。
完成した家を見てみたかったのだが、それも拒否された。微笑みを保ったまま、今岡は帰っていった。
遠回しに来るなと言われた形だが、自分が関わった最強の家が気になって仕方ない。
大体の場所は分かっている。緯度や経度の情報も鑑定に必要だったからだ。
磯山さんは、機会があれば見学してみるつもりであった。
それから丁度三週間後、磯山さんは所用があり、郊外へ車を走らせていた。
思いの外、簡単に用事が片付いてしまった。ふと、今岡のことを思い出す。多分、ここから五分ぐらいだ。
建築中の大きな平屋を探せばいいはずだ。事実、目的の家はあっさりと見つかった。
見える範囲には誰もいない。工務店の車が何台か止まっており、時々作業員が出入りする程度だ。
防音シートが張られているため、中は見えそうにない。車から降り、さてどうしたものかと思案していると、背後から声を掛けられた。
「何か御用ですか」
見ると、責任者らしき男性である。胸に大倉と名札を着けてある。
この家の風水を鑑定した者だと答えると、大倉の顔色が変わった。
「ちょっと一緒に来てほしい」
否も応もない。元々、見学を申し出るつもりである。磯山さんは、大倉の後に続いて建築現場に入った。
最初に見えたのは勝手口らしきドアだ。この時点で磯山さんは違和感を覚えた。
おかしい。そんなはずはない。この位置に勝手口がある訳がない。
庭を通り、玄関に向かう。既に木や花が植えられている。枇杷、椿、しだれ柳が目に付く。
いずれも庭に植えるべきではない木だ。それら全てが最悪の位置に立っている。
唖然としたまま玄関に着く。玄関脇に折り畳み式の長机が置いてあり、家の図面が何枚か広げてあった。
「見てもらえますか」
大倉に促され、磯山さんはそのうちの一枚を手にした。
見た瞬間、これは駄目だという気持ちが顔に出てしまった。
「これ、本当にこの家のですか」
「そうですよ。うちの工務店、小さいけど結構な数の住宅を作ってるんです。けど、こんな家は初めて見た」
大倉は図面を睨み付けながら続けた。
「私は風水とか全く分からん。家を作ってきた経験しかないが、これだけは分かる。この家は良くない。何というか、捻じれてる。人が住んではいけない家だ。あんた、どういうつもりでこんな家にした」
磯山さんは慌てて否定した。
最強の家にしたいという依頼に応えただけだ、私自身も驚いている。
そう説明し、家の中を見せてくれるよう頼んだ。二つ返事で了承した大倉は先に立ち、家に入っていく。
大倉の言う通りだ。陽が射さず、風通しも悪く、全ての部屋に湿気が淀んでいる。
昼間から暗い部屋ばかりだ。特に酷いのは台所と寝室である。
台所は暗く、立っているだけで気が滅入ってくる。意外にも、寝室には大きな窓があった。
だが、景色が酷い。そちら側だけ垣根が低く作られているため、五十メートルほど先の大きな墓地が丸見えだ。
言葉もなく立ち竦む磯山さんの横で、大倉が言った。
「酷いもんだろ。そもそもだけど、この辺りは家を建てるような場所じゃない」
初めて耳にした地名だったので、大倉は事前に現地を調査したらしい。
その結果、この土地には耳を疑うような過去があった。
元々は個人病院が建っていた。内科の看板を掲げていたが、老人専用と言っても差し支えないような病院である。
監禁に近いことも行っており、入院したら生きて戻れないと言われていたそうだ。
寝室から見える大きな墓地には、その病院で亡くなった患者が多数埋められている。
院長が自殺してしまい、病院は取り壊された。そのあとは宅地として売り出され、幾度か住宅も建てられた。
いずれの住宅も、住む人を不幸にした。しっかりとした地鎮祭を行い、縁起の良い家相にしても全く効果がなかった。
それが今回は地鎮祭すら行っていないどころか、あえて不幸を取り入れるような家にしている。
「うちの作業員も、ここを嫌がるようになった。本当なら仕事を断れば一番なんだが、この儲けを失うのは正直しんどくてな」
そこまで聞いて、磯山さんは大切なことを思い出した。土地の神様を祀る社はどうなったのか。
訊かれた大倉は顔を顰め、案内すると言って部屋を出た。
広い家の中を進んでいく。工事は殆ど終わっており、今いる作業員は大倉を含めて三人とのことだ。
ところが、あちこちで人の気配がする。囁く声が聞こえたり、人影が立っていたりする。
異様に頭の大きな老人が目の前を横切ったときは、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
大倉は見えていないようだが、作業員から何度も聞かされていたのだろう。
驚く様子も見せず、歩を進めた。
教えられるでもなく、件の部屋は分かった。理由は分からないが、空間が歪んで見える。
近付くにつれ下腹部が重くなり、吐き気を催してきた。
ああ、これは既に住み着いている。今岡がこの家を建てたかった理由が、部屋の中にいる。
そしてそれは決して土地の神様などではない。
確信する磯山さんの隣で、大倉は深い溜め息を吐いた。
「金のためとはいえ、えらいものを建ててしまった」
そう言って、大倉はもう一度深く溜め息を吐いた。
今岡を紹介した友人の情報によると、家が完成する前に夫婦は離婚していた。
夫に愛人がいたのである。今岡は、かなり前から計画しており、生活に十分な蓄えも用意してあったという。
折角建てた家なのに、今岡自身は一度も足を踏み入れなかった。
僅かの間、夫と愛人が暮らしていたそうだが、家の一室で二人仲良く首を吊ったらしい。
家は今、破格値で売りに出されている。
(了)
朗読動画(怪読録Vol.91)
【竹書房怪談文庫×怪談社】でお送りする怪談語り動画です。毎月の各新刊から選んだ怖い話を人気怪談師が朗読します。
今回の語り手は 怪談社の 上間月貴 さん!
【怪読録Vol.91】事故物件なのか…犬だけが次々に〇ぬ、いわくつき豪邸——加藤一編著『恐怖箱 怨霊不動産』より【怖い話朗読】
商品情報
- 書名:恐怖箱 怨霊不動産
- 著者名:煙鳥 加藤一 神沼三平太 高野真 住倉カオス 高田公太 橘百花 つくね乱蔵 戸神重明 内藤駆 ねこや堂 服部義史 久田樹生 松本エムザ 渡部正和
- 発売日:2021/6/29 ※発売日は地域によって前後する場合があります。
- 定価:本体680円+税
- ISBNコード:9784801927049
- シリーズ:恐怖箱
著者紹介
加藤一 編著
煙鳥
神沼三平太
高野真
住倉カオス
高田公太
橘百花
つくね乱蔵
戸神重明
内藤駆
ねこや堂
服部義史
久田樹生
松本エムザ
渡部正和 共著
シリーズ好評既刊
恐怖箱 心霊外科
実話怪談ハンターたちが「病気・怪我・病院」をテーマに競筆する実話怪談集。呪いや霊障が原因と思われる人体の不調から、誰しもいつかはお世話になる「病院」での怪異譚が大集結。患者を治療後、掌が黒くなる整体師。押し入れの甕に治療代を入れると白くなって…「甕貯金」、娘が自殺し空き家になった隣家。そこに忍び込んで撮影すると体の不調が良くなるというのだが…「かれらのこと」、昭和の頃に婦長が自殺した病院、30年後廃病院と化したそこで戦慄の事態が…、肉体と精神を攻撃する得体の知れない恐怖35篇!
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