【日々怪談】2021年8月28日の怖い話~俺を見ろ
【今日は何の日?】8月28日:民放テレビスタートの日
俺を見ろ
夏休みに山形君の母親が亡くなった。その後葬式までの数日間、祭壇が居間にしつらえてあった。
ある夜。父親は仕事で夕方から出かけてしまった。翌朝まで帰らない。人恋しい気分でもあった山形君は、長谷川君を家に呼んだ。だが、できることといえばテレビを観る程度。
テレビを点けたまま二人で下らないことを言いあった。山形君にとっては良い慰めになった。疲れたので二人でごろんと寝転がり、そのまま祭壇の前で寝てしまった。
次の日の夜。今度は二階の自室で寝ていると、夜中に突然目が覚めた。寝直すために寝返りを打とうとした。その瞬間に身体が動かなくなった。金縛りだ。もがいていると、階段を上ってくる音が聞こえた。
父親が会社から帰ってきたのだろうか。いや、彼は今日も遅番だから、帰ってくるのは明日の朝だ。タクシーの音も聞こえなかった。
ギシ、ギシ。と足音が近付いてくる。怖い。目を開けていられない。
廊下の板を軋ませる足音は、カーペットの上をすっすっと歩く音に変わった。自室に入ってきた。自分のほうに近付いてくる。
どうしようかと思っていると、突然耳元でゴニョゴニョゴニョと念仏らしきものを唱える声が聞こえた。
内容は分からない。そこで意識を失ったのだろう。気が付いたら朝だった。
翌日、この経験について長谷川君に電話を掛けた。
電話口で昨晩金縛りに遭ったと伝えると、驚いた声を上げた。
「え、お前も?」
「お前もって、どうかしたの?」
「いや、俺も丁度同じ時間に目が覚めたんだよ」
長谷川君は常夜灯を点けて寝ていた。意識がはっきりしてきたので目を開けると、常夜灯の光が見えた。そのオレンジの光に重なるようにして、黒い点がある。
虫だろうか。眼鏡を外しているので、はっきりとは見えない。
だがその点はだんだん大きくなり、知らない男の顔になった。
天井近くの男の顔など、肉眼では判別できない。事実、蛍光灯のペンダントスイッチの先端も判別できない。暗いということを差し引いても、視力の関係で見えないのだ。
だが、眼鏡なしでも男の顔ははっきり見えた。胴はない。生首だ。生首が宙に浮いている。
それがすっと落ちてきて、眼前でピタリと止まった。
思わず目を閉じた。こんなときに何をどうすれば良いのか、一瞬のことではあったが、様々に考えを巡らせた。そうだ、あれだと閃いた。
彼は信心深い家に育ったこともあり、自分専用の般若心経の経文を持っている。それはいつも枕元に置かれている。子供の頃から馴染んだ般若心経ならば諳んじることができる。
目をぎゅっと瞑ったまま、口に出して般若心経を唱え始めた。
何度も何度も唱えた。必死である。
暫くして目を開けると、目の前の顔はなくなっていた。ほっとした。
もう一回寝直そうと、胎児のような体勢に身体を丸めた。
その瞬間、枕元から手が出てきた。頭をがっしりと掴まれた。首を振ろうとしても固定されて動かない。頭は凄い腕力で後ろ側に反らされていく。首の筋が伸ばされた。痛い。
先程の男の顔があった。男はにやりと笑った。
そこで気を失った。気が付いたら朝だった。枕元の般若心経は真っ二つに裂かれていた。
そんな体験談を聞かされた山形君は、自分の体験は話せずに電話を切ったという。
――「俺を見ろ」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より
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