5つの十大主星がすべて同じ!稀有な人体図を持つ女性の怪(前編)「算命学怪談 占い師の怖い話」
算命学とは?
算命学は古代中国、戦国時代に活躍した鬼谷子という人によって作られたといわれる運命学。
王家秘伝の軍略として、歴史の闇の中でひそかに伝承されてきたものが基本となっていると言われる(ただし、鬼谷子が実在の人物だったかどうかは諸説あり)。
占い師が最後にたどりつく占いとも言われ、生年月日から導く命式で霊感の有無、時には寿命までわかるというのだから不思議で恐ろしい。本連載は、算命学の占い師・幽木武彦が鑑定の中で遭遇した戦慄の実話怪談をお届けします!
#2 車騎星を生きた女(前編)
その女性は矢幡さんといった。
七十歳前後と思われる、品のいいご婦人である。
彼女とは友人の紹介で知りあった。
占い師としてではなく、怪談蒐集家の一人としてだ。
占い師の仕事をするようになってから、私はお客さんといろいろな話をするようになった。
そうした中には霊感が強かったり、怪異な体験をしたりしているような人も少なくなく、私はいつしか知りあったお客さんから、さまざまな怪異譚=怪談を聞くようになった。
そうなると、こちらもますます興が乗ってくる。
私はいつしか鑑定活動のかたわら、怪談を蒐集して歩くようにもなった。そんな流れの中で出会うことになった忘れられない一人が、矢幡さんである。
――けっこう霊感の強い人で、いろいろと面白い体験もしているみたいだから、話を聞いたみたら?
友人はそう言って、矢幡さんと私を引きあわせてくれた。
なにか興味深い怪異を経験していたらぜひ聞かせてほしいと頼んだ私に、矢幡さんは昔を懐かしむかのように目を細め、そして――。
「この日生まれの女性って、どんな性格になりやすいですか」
私に水を向けてきた。
私は不審に思いながらも、矢幡さんから女性の生年月日を聞いた。
万年歴を開き、すぐに調べてみる。
女性の誕生日は、一九二二年のある日だった。生きていたら百歳近くになる年齢だが、八十二歳で鬼籍に入っている。矢幡さんの母親であった。
算命学には、生年月日を年干支、月干支、日干支に変換して宿命や運勢を占う「陰占」と、それらの干支からさらに星を出し、性格判断などをおこなう「陽占」の大きく二つがある。
性格を見るとなると、やはり陽占の人体図だ。
だが、矢幡さんの母親のために出した人体図を見て、私は息を飲んだ。
真ん中を中心に、縦横十字にクロスする部分に現れる星を十大主星という。
十大主星はその人の性格や適した仕事、恋の相手を占うときなどに重視する。呼び名のとおり主星は全部で十個あり、それぞれバラエティに富んでいる。
たとえば貫索星なら守備本能の星なので、この星が真ん中にある人は、基本的に防衛本能がとても強い。がんこでマイペース。一人で黙々と、なにかをやることに向いている。
あるいは、龍高星なら習得本能の星。アイデアが豊富で創造性に満ち、外国での暮らしにも向いている。
一方「天●星」で表される部分には、十二大従星と呼ばれる星々が入る。
こちらでは、一生涯にわたるその人のエネルギーの変遷や、その時々(若いころ、中年期、晩年期)を支配する性格的な傾向などが分析できる。
人は誰もがみな、自分が生まれながらに持つ十大主星と十二大従星にみちびかれて、それぞれの人生を歩んでいくのである。
話をもとに戻そう。
矢幡さんの母親は、加寿子さんという名だった。
加寿子さんの人体図は、ご覧のとおり十大主星のすべてが車騎星という異様さだ。
こうした人体図はとても珍しい。同じ星が五箇所すべてにそろうなどということは、めったにあるものではない。たいていは、いろいろな星が混ざりあっている。
そういう意味では、とてもレアな人体図だった。
私はかなりエキサイトした。
車騎星は攻撃本能の星である。軍人の星とも言われている。
もっとも大きな特徴は、負けず嫌いで気が強いということ。怒らせると怖い。そして、とても男性的な気質になりやすい。
「やっぱり。不思議ですね、母そのもの」
私の説明を聞いた矢幡さんは、そう言って笑った。
「高校の教師をしていたんです、私の母。とっても厳格な怖い先生で、家庭でもそれは同じでした。教師はこうあるべし、みたいな一本筋の通ったものを死ぬまで自分に課しつづけたような人でね。やさしく笑ってる顔って記憶にないんですよ。私を怒ると必ず『いいわね。二度は言わないわよ』と、それはもう恐ろしい顔をして睨みつけてきたり……」
矢幡さんの両親は、どちらもお堅い仕事だった。
父親は税理士。事務所を経営し、まじめに仕事に取り組んだが、明るく穏やかな人柄で、とても人なつっこい男性だったという。
一方の加寿子さんは、まさに教育者を絵に描いたような人物だった。
若いころは、娘の矢幡さん同様かなりの美人だったそうだが、触ればビリッと感電しそうな、どこかヒリヒリとする雰囲気をただよわせていた。
しつけにも厳しく、プライドも高かった。
「不思議な出来事があったのは、父が亡くなったときでした。父は母より十二年前に亡くなっていますから、一九九二年のことだったかしらね」
矢幡さんの父親は、長いこと肝臓癌をわずらった。
闘病末期には肝性脳症を併発し、認知症のような症状まで発症させた。
闘病生活は壮絶をきわめたという。一人きりで夫を看病しつづけた矢幡さんの母親の負担は相当なものだった。
「そんな父がいよいよ危篤だっていう連絡を受けて、私たち、あわてて帰省したの。一週間ぐらい前に見舞いに行ったばかりだったんですけどね」
矢幡さんは旦那さんの運転する車で、父親が入院していた生まれ故郷の病院に駆けつけた。当時高校生だった娘さんも一緒だったという。
到着したのは、深夜の三時。
だが残念ながら、父親はすでに息を引き取っていた。
「病院の地下にある霊安室に、もう移されてしまっていました。親戚の姉が、母を手伝っていろいろと動いてくれたんだけど、意外に母もシャンとしていて、涙ひとつ見せなかった。人体図を知ると、だからだったのねって感じもしますけど」
矢幡さんは母親や自分の家族と一緒に、父との対面を果たそうとした。
看護師に案内され、満足な明かりもない深夜の巨大病院を移動する。エスカレーターで地下まで下り、霊安室へと足を運んだ。
そこは、がらんとした不気味な部屋だった。細長いストレッチャーがぽつりと置かれているぐらいで、あとはほとんどなにもない。
父親は、ストレッチャーに仰臥していた。白い布で全身を覆われ、顔には打ち覆いをかけられている。
「ところが……」
矢幡さんは顔をしかめた。
彼女はその目ではっきりと見たのだという。老父を覆う白い布に、抱きつくように寄りそっているグロテスクな物体を。
「女、でしたね。この世に男と女がいるとしたら、まちがいなく、女。と言うか……かつては女だったはずのもの」
その「女」のあまりの不気味さに、矢幡さんは声を失った。
「土左衛門って言うのかしら。水死体。ブクブクにふくれて、身体中傷だらけで、裸の皮膚のそこら中に穴が空いていて。目玉もなくて、ぽっかりと黒い穴が空いていました。口もだらしなく開けられたままで、どう見ても土左衛門。そんな水死体が布の上から父に抱きついているんです。もう私、腰を抜かしそうになってしまって」
矢幡さんは小さなころから、不思議な存在を目にすることが多かった。
それらは多分、霊だったはずだと確信もしている。
だが、矢幡さんは自分に見えているものを加寿子さんに訴えることはしなかった。子供のころ「そんなもの、この世にいない」ときつくしかられ、手を挙げられたことさえあったからだ。
「私に見えているものは、ふつうの人には見えないものなんだって分かって。だったら言ってもしかたがないと。怖いところに持ってきて、口やかましく説教されるのはうんざりだったから」
案の定、その醜悪な物体が見えているのは自分だけらしいと、すぐに矢幡さんは察した。
夫は沈痛な表情でうなだれ、加寿子さんが夫の打ち覆いをそっと剥がすと、矢幡さんのひとり娘は、遺体に抱きついて号泣した。
すぐそこに不気味な土左衛門の女がいるというのにである。
「離れなさいと言うわけにもいかず、困りました。しかもその土左衛門の霊、まるで生きてでもいるかのように、娘を威嚇して吠えるようなことまでするんです」
父親を失った悲しみより、謎の幽霊へのとまどいで、矢幡さんは浮き足立った。
ずっと加寿子さんをサポートして動いてくれた親戚の姉に「どうしたの」と聞かれたが、あいまいに笑ってごまかすしかなかったという。
父の遺体は、葬儀の日取りの関係もあり、すぐに斎場へと移された。
だがその亡骸には、変わることなく女の土左衛門が絡みつくように居座りつづけた。
「誰なんだろうこの女の人って、やっぱり思うじゃないですか。母を手伝ってお通夜と本葬の準備に追われながら、そのことばかり考えるようになりました。せめて誰なのか分からないと、気持ちが悪くてしかたがなかったってこともあるんですけど」
そんな矢幡さんの脳裏に、あるとき不意に一人の女性が蘇った……。
新刊情報
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すべての怪は宿命だった…。
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著者プロフィール
幽木武彦 Takehiko Yuuki
占術家、怪異蒐集家。算命学、九星気学などを使い、広大なネットのあちこちに占い師として出没。朝から夜中まで占い漬けになりつつ、お客様など、怖い話と縁が深そうな語り部を発掘しては奇妙な怪談に耳を傾ける日々を送る。トラウマ的な恐怖体験は23歳の冬。ある朝起きたら難病患者になっており、24時間で全身が麻痺して絶命しそうになったこと。退院までに、怖い病院で一年半を費やすホラーな青春を送る。中の人、結城武彦が運営しているのは「結城武彦/幽木武彦公式サイト」。
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