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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第16回 ~犀川大話から上っていった坂道~

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犀川大橋を片町から離れるようにして進み、橋を渡り切った所で左方向に延びる坂道を上っていくと寺町に抜けられる。
寺町と言えばその名の通り、お寺が密集する地帯で、そのせいか昔から怪異が多く聞かれる場所として知られている。

しかし、実は寺町へと抜けるその坂道こそが「かなり危険な場所」として視える人達の間では有名なのである。
――つまり視える者にとって、その坂道は他のどんな場所よりも絶対に近づきたくない、禁忌の場所になっている。

ある者は、その坂道には隙間もない程の亡者で溢れかえっている、と言い、
またある者は、黒い影のような異形が坂道の両端に並んで立っていると言う。

しかし、そんな危険な場所であっても、霊感が全く無い者にとっては何ら危険を感じることはないのだろう。
俺の友人にも片町を行き来する際には必ずその坂道を利用していた女性がいた。

彼女の住んでいるアパートは寺町の近辺にあり、その坂道を利用するとかなりの近道になるのだ。軽く15分程度は違うというのだから、彼女がその坂道を好んで利用していたのもよく分かる。
当然、彼女がそこで怖い思いをした経験などなく、かなり前からその坂道を利用していたが、怪異はおろか不気味な気配すら感じたことはなかったという。

しかし、ある日を境に、彼女はその坂道を一切利用しなくなった。

彼女は、自分は霊感など微塵も持ち合わせてはいないと思ってきた。
しかし、霊感というものは霊的な場所に接し続けることで、少しずつ研ぎ澄まされていくものなのかもしれない。
或いは、少しずつ蓄積され、ある一定の量を超えると顕在化するのかもしれない。
ずっとその道を通り続けた彼女にもそうした作用が起きたのだろう。
しだいに彼女の霊感は覚醒し、今まで何ともなかったはずのその道で、嫌なものを見てしまうようになった。

嫌なもの。

それは霊に他ならない。

「最初はね、ただの酔っぱらいがよたついているようにしか見えなかったの」
しかし、その酔っぱらいらしき者がふらふらと千鳥足で近づいてきて、彼女に体をぶつけてきた。ところが――
「何も感じなかった」
確かにぶつかった。よろけた男の体が右側に当たったはず……。
それなのに、何の衝撃も彼女には伝わってこなかった。

まるで、彼女の体を通り抜けるようにして、その後も何度も何度もぶつかるというか、纏わりついてくる。
さすがに彼女も別の意味で恐ろしくなり、逃げるようにその場から走り去った。

しかし、驚くべきことに彼女はそれからもまだその坂道を利用していたという。
「だって、やっぱり便利だし……。一度くらい変なことがあっても、しばらくすると大丈夫かなって」
確かに昼間は何事もなく通過できる。目に見えて変なことなど起こらない。
だが、夜になると空気は一変した。
人気も無くなり、普段目にしている景色も何か異質なものに感じられた。

それでもまだ深夜と言うほどの時間ではなかったし、酔っぱらいらしき人の姿も確認できなかったので、彼女はそのままその坂道を進んでいった。
はやく通り抜けてしまえば大丈夫だろうと……。

ところが、坂道を歩いていると、先ほどは絶対にいなかった筈の酔っぱらいの姿が視界に入った。

(うそ、さっきは誰もいなかったのに……)

一瞬どきりとしたが、彼女は足をはやめて先へ進んだ。

はやく。はやく、ここを抜けてしまおう。
そう思って駆け出そうとした瞬間、今度こそ彼女は固まってしまった。

目の前が、黒かった。
道幅に溢れかえるほどに黒い人のようなモノいる。黒い群れは彷徨い、ふらふらと坂道を右往左往している。

その様子を見て、初めて彼女は気が付いたという。

この坂道にいるのは酔っぱらいなんかじゃないということ。
これは亡者の……いや、霊達の群れなのだということを。

そして、彼女はそこで間違いを犯してしまう。

その場に凍り付いたまま、目の前に溢れかえるそれらの姿を凝視してしまっていたのだ。
それはつまり、彼女の目に彼らの姿が視えている、という事実を教えてしまっていることに他ならない。

その場から一歩も動けなくなった彼女に、黒い影が一斉に群がってきた。
彼女に手を伸ばし、何かを頼むような素振りをする。

その時、彼女は何かに圧し潰されそうな圧迫感をリアルに感じていたという。
そして、そのモノ達の顔を見てしまった彼女は悲鳴を上げてその場で卒倒した。

黒い布のようなものを着たそれらには眼というものが存在しなかった。
口というものも。

彼女はそれからしばらくして、その先の道を通りかかった通行人に助け起こされた。
倒れた時に打ち付けた場所に痣が出てきていたが、他はとくに異常はなかった。

しかし、それからしばらくして高熱がでた。
結局、10日間ほど仕事を休むことになったという。
熱はそれで引いたものの、事情を知った両親に今度は寺に連れて行かれ、丸3日間のお祓いを受けた後、ようやく解放されたのだという。

その話を聞いた後、俺は片町で飲んだ帰りにその道に行ってみた。

彼女の話を検証してみたいという軽い気持ちだったが、いざ行ってみるとその気持ちはあえなく萎んだ。
昼でも暗いその坂道は、夜ともなると異様で、明らかに空気が違って感じられた。
暗いという言葉では到底説明のできない、淀んだ空気。
そして、その坂道を通るのを拒むかのような視線と息苦しさを肌で感じた。
霊自体を視たわけではないのだが、その圧倒されるような威圧感に、俺はその道を通ることを断念した。
とても、無理であると。

後日、霊能者のAさんにその時の話をした。
すると、秒速で「は?」と返された。

「Kさん、あなたまだそんな処を通ろうとしてるんですか? 馬鹿じゃないんですか?アソコは地縛霊が沢山いるんですよ。それこそ、道に溢れんばかりの霊達が蠢いている場所なんです。だから、その怖さを知ってる人は絶対に通りませんよ」

まあKさんが死にたいのならば止めませんけど、と呆れ顔で突き放され、俺は黙るしかない。

「あそこを通って良いのは、地元の住人の方か、あの土地に縁のある人だけです。Kさんは地元住民ですか? それともあの土地に縁のある方なんですか?」

そう一方的に言われた後、真面目な顔でこう言われた。

「あそこに行って憑りつかれたら、私なんかでは絶対に力になれませんから。逆に私が憑り殺されます」と。

それ以後は、あの坂道には二度と近づいてはいない。
この坂道は今も片町のすぐ近く、犀川大橋のそばに実在している。



著者プロフィール

営業のK

出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話! 段落

★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は10/30(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

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