【日々怪談】2021年2月23日の怖い話~ 雪ん子
【今日は何の日?】2月23日:富士山の日
雪ん子
シズ子さんは、登山が趣味のご主人とともに初めての山歩きに出かけた。
経験豊富なご主人となら大丈夫だろうと考えてのことである。
何しろ、この歳になるまで山歩きなどしたことなどない。
気遣って時々シズ子さんのほうを振り返るご主人の後を、付いていくのが精一杯だった。
ふと、視線に気付いて脇を見ると、木々の間に誰かが立っている。
こんな山の中に――子供?
大きな目が印象的な、色白の可愛らしい子供である。
腰まですっぽり覆う藁で編まれた被り物を身に付け、こちらを手招いている。
浮かべている笑顔は可愛いのに、怖い。
「ねぇ、お父さん」
先に行くご主人を呼んだが、気付かぬようでどんどん先に行ってしまう。
たった今まで、後ろを気遣い、シズ子さんに声を掛けていたご主人が振り向きもせず。
「お父さん、お父さんっ!」
叫びながら追い掛けても、一向に振り向く様子はない。それまでは手を繋いでくれたりもした夫が。
おかしい。何かがおかしい。横のほうからは相変わらずあの子供の気配。
そっちを見てはいけない。そう本能が告げている。
シズ子さんは必死にご主人の後を追ったが、慣れない山道に足が縺れた。
あっ、と思ったときは前のめりに転んでいた。
――置いていかれる!
急いで立ち上がろうと顔を上げる。目の前にあの子供がいた。
何を叫んだのか覚えていない。悲鳴を上げて尻餅を付いた瞬間、夫が振り返った。
子供はいつの間にか消えていた。
結局シズ子さんは足を痛め、夫婦はその場から引き返した。
ご主人はといえば、シズ子さんが遅れていることも、初心者の妻を気遣って歩いていた自分がその間だけは無関心だったことも、全く自覚していなかった。
ほんの少し、前を向いていたら妻が突然悲鳴を上げた。そんな認識しかなかったのだ。
とても可愛くて、にこにこしていたのに、どうしてあんなに怖かったのか分からない、とシズ子さんは溜め息を吐いた。
――「雪ん子」ねこや堂『 恐怖箱 百舌 』より