3月新刊『恐怖実話 怪の残滓』内容紹介・著者コメント・試し読み・朗読動画
「……なぁ、✕✕さんが死んだ部屋ってここか」
物がすぐに腐る強烈な事故物件で見た真実とは――(「あの人だ」より)
現場・資料・実体験から恐怖の残滓を炙り出す
吉田悠軌のリアル恐怖実話!
あらすじ
恐怖の現場を検分し怪異をえぐり出す、吉田悠軌のルポルタージュ怪談第5弾!
・内見した事故物件で予期せぬ恐ろしい真実と対峙する…「あの人だ」
・外科医が語る現代医学では証明できない怪事例…「ゾンビさん」
・都内に点在する曰くつきの地、不気味な縁に導かれ現地を訪ね歩いた著者が辿りついた真相とは…「第六天の森」
・不幸の絶えない集合住宅の住人が語るリアルと恐怖体験…「死人マンション」
・八王子で度々目撃される都市伝説めいた怪人…「窓から首ひょこひょこ女」
・都会の地下に広がる異界には正体不明の怪異が確かに存在した…「下水道」
——など30篇を収録!
著者コメント
「きさらぎ駅」や異世界探訪物語が再ブームの兆しを見せている昨今。
とはいえ、それらどこにもない「異界駅」とは逆パターンの実話怪談も、実はけっこうあるようです。
つまり、いつも使っているふつうの駅からいきなり異界に通じてしまうという、「駅異界」とも呼ぶべき怪談が。そして私が知る限り、異世界体験が特に集中するホットスポットが「秋津駅と新秋津駅のあいだ」のようなのです。
いったいなぜなんでしょうかね?
読者の皆さん、こうした「駅異界」体験があれば、是非とも私にお知らせくださいませ。
著者自薦・試し読み1話
秋津駅・新秋津駅
さて、「駅異界」ものについては、他にも興味深い話を聞いている。
「秋津駅と新秋津駅の間は、異空間へと通じている」
……というものだ。
まずはロケーションを説明する必要があるだろう。東京都東村山市の秋津町では、JRと西武鉄道の路線が交差している。そのため西武池袋線・秋津駅とJR武蔵野線・新秋津駅とで乗り換えをする利用客は数多い。
両駅の距離は徒歩四、五分ほど。ほとんどの人にとって、商店街を突っ切っていくのが通常ルートとなるだろう。
ただ、この半径二〇〇メートルほどの狭いエリアで、おかしな目に遭ったという証言が頻発しているのだ。
私が取材した実例を挙げよう。
地元民であるサトミは、高校生から会社員の現在まで、ずっと両駅を利用している。つまり十年以上も、秋津・新秋津の乗り換えを、ほぼ毎日行ってきたということだ。
その日も、JRから西武線へと乗り換えるため、秋津駅へと歩いていた。
途中、コンビニ「F」に入ってペットボトルを買っていくのも、彼女の日課だった。もはや惰性のまま勝手に足が動き、なにも考えずに店内へと入る。自動ドアが開き、入店のベルが鳴る。
――ティントン、ティントン
(あれ?)
強烈な違和感が走った。これは違う。毎朝ずっと耳に入ってきていた音とまったく違う。
あの「ティトトトトトン、トトトトトン」のメロディではない。
ここで初めて、サトミは気づいたのだ。立地も建物も同じだが、自分のいる店舗が「F」ではなく、「L」に様変わりしていることに。
確かに昨日まで、「F」を利用していたはずだ。コンビニの移転というのは、わずか一日で済んでしまうものなのか。いや、それはともかくとして。
(え、すごいショックなんだけど)
前の「F」は小さい頃から通い続けた、スタッフとも顔なじみの店だった。日常のささやかな通過点とはいえ、わが家の次くらいに出入りした場所でもある。
ここで好きなアイドルの公演チケットを発券したり、心待ちにしていた雑誌を買ったりもした。仕事に疲れた時、電車の乗り換え前にひと息つく場所でもあった。
いきなり潰れたといわれても、とっさに心の整理などつけられるはずがない。
とにかく、なにか気持ちをぶつけたかったのだろう。サトミはペットボトルのお茶を買った流れで、店員にこんな質問をしてみた。
「こちら、前のお店はご家族で経営されてましたけど、引っ越しされたんですかね?」
すると相手は「えっ?」とレジ打ちの手を止めた。そして不思議そうな顔で、しげしげとこちらを見つめながら、こう返答してきたのだ。
「うち、もう十年以上ずっと、ここで営業してますけど……」
また別の女性ノリコは、こんな体験をしたという。
その日もいつものように、秋津と新秋津を乗り換えのため移動していた。
夕方、人通りの多い時間帯なので、周囲は同じ目的の人々が多数歩いている。
さんざん通いなれた道だ。ノリコはうつむきがちにスマホをいじりながら、前をゆく人
の足元だけを気にしつつ、それについていくかたちで歩を進めていた。
一、二分ほどそうしていただろうか。
ふと顔を上げたノリコは、思わずビクリと足を止めた。
さっきまで周りにいた大勢の人々が、すべて消えていたのである。
それどころか自分自身、まったく見覚えない場所にいるではないか。飲食店や薬局などが居並ぶ駅前通りを歩いていたはずなのに、辺り一面に建物ひとつない、細い道路に立っている。
あわてて見渡せば、周囲は畑が広がっているばかり。といっても作物が実っている訳でもなく、ただ整地されただけの閑散とした荒れ畑だ。それらを越えた遠くの方に、ぽつぽつと住宅や鉄塔がたっているのが確認できる。
秋津町はのどかな郊外だ。駅から一キロほども歩けば、田畑が広がっているのは知っている。しかし、一瞬でそんなところに来てしまった意味がわからない。
そしてこの風景の中には、明らかに突飛で異質なものがあった。
縦横ともに五メートルはあろうかという、巨大な正方形の看板。
それが畑のあちこちに、十個ほど設置されている。バイパス沿いで見かける看板広告に似ているが、目の前のものはどれも文字だけのシンプルなデザインだ。面積に比して大き目の活字が、五行ほど並んでいる。
ただ、その文字がさっぱり判読できない。
日本語でも中国語でもない。英語でもなければ、アルファベットですらない。強いて言えば、アラビア語とハングル語を融合させたような、奇妙な図形の文字列だったという。
こんなひと気のない畑で、意味不明の大きな文字を使って、いったいなにを主張をしているのか。
まったく意味不明ながらも、「ここにいたくない」という気持ちだけがどんどんふくらんでいく。
スマホの地図で位置を確認しようとしたノリコだったが、なぜかGPSはさきほどの秋津駅・新秋津駅の中間地点でかたまっており、うんともすんとも動かない。電波を確認しても、圏外のため反応なし。
とにかくこの場を離れようと、ノリコは道を歩きだした。
そのうち両脇の畑がとぎれ、代わりに団地のような住宅棟が並びだす。気づけば空はもうすっかり暮れている。
心細くなったノリコは、街灯のある方を求め、団地の中に入り込んでいった。
しんと静まり返った敷地を足早に進んでいくと、行き止まりのようなポイントに出くわした。ただ住宅棟の一階は通路となっている部分があり、向こう側へ突っきることができそうだ。
もと来た道へ引き返したくなかったノリコは、意を決して建物内に歩を進めた。そのまま足早に通り過ぎ、裏手へと出ていく。
すると突然、周囲がざわめきに包まれた。ノリコのすぐ脇をバスが通り過ぎていき、目の前を人々がせわしなく行きかっている。カン、カン、という踏切の音も聞こえてくるではないか。
いつのまにか、新秋津駅の裏手に出ていたのである。
――秋津駅と新秋津駅の狭間の、あの雑然とした一角。
そこでおかしな目に遭ったという人は、まだまだ他にもいるようだ。
「駅」とはそもそも他の空間へと繋がるための、どこでもない「通過点」だ。そんな「駅」と「駅」の間を繋ぐあの一角は、つまり「通過点」のための「通過点」である。
そうした、なにやら捻じれた空間だからこそ、この世のどこでもない場所へと、ふいに繋がってしまうのだろう。
(了)
朗読動画(怪読録Vol.76)
【竹書房怪談文庫×怪談社】でお送りする怪談語り動画です。毎月の各新刊から選んだ怖い話を人気怪談師が朗読します。
今回の語り手は 牛抱せん夏 さん!
【怪読録Vol.76】幼い頃にいった廃屋、確かに4人でいったはずなのに…吉田悠軌『恐怖実話 怪の残滓』より【怖い話朗読】
商品情報
シリーズ好評既刊
恐怖実話 怪の足跡
吉田悠軌
実話怪談の収集・取材のため頻繁に「怪談現場」を訪れる著者。ただし、誰もが怪異を体験し、ウラが取れるならばそれはもう『怪談』ではないとも語る。それではなぜ現場に行くのかとの問いに「場所の空気を感じたいから」であり、場所の地形や雰囲気、建物の具合を感じ取りたいからだという。また、その土地の歴史も掘ってみたいとも語る。怪の足跡をたどれば――そこにあるのは黒く深い恐怖のみ。
恐怖実話 怪の手形
吉田悠軌
聞き及んだ怪談の現場に足を運び、怪異の舞台に遺された忌まわしい記憶を綴った渾身の一冊。講堂の奥に隠された扉を見つけた生徒に送られてくる不可解なメールの行方は…「なにしてるの」、先輩が死んだホテルの廃墟に肝試しに行ったことから不気味な因果が巡る「多摩湖の廃墟」、伐採はおろか、葉一枚触れてもいけないと言われるご神木。今なお被害が絶えないというご神木の祟りとは…「ホオノキ」など36編は収録。
恐怖実話 怪の残像
吉田悠軌
怪しいブードゥー人形をクスコさんは海に流した。さ迷う呪いは…。怪異の現場に密着する、吉田怪談!怪異が起こる場所にはいったい何があるのか? いわくのある現場に訪れ、怪談を蒐集する著者が綴る恐怖の一冊。工事のために訪れた家で、作業を進めるたびに起こる怪異、衝撃の結末「空き家」、信号で止まるたびに景色が真っ赤に染まって見える交差点、その訳は…「視野」、職場で一緒になった男から聞いた奇妙な話「カミサマを捨てる」など35編を収録。忌み深き場所で怪の残像をなぞることで――あらたな怪異が発現するかもしれない。
恐怖実話 怪の残響
吉田悠軌
徹底的な資料蒐集や現地取材によって怪異をリアルに掘り起こすルポルタージュ怪談の旗手・吉田悠軌が綴る怪奇実録最新作!・丹沢の山中で目撃した浮世離れした異形の姿とは…「芥子色の女」・奥多摩のキャンプ場近くで耳にした不可解な異音、調査を進めるとおぞましい猟奇殺人事件との繫がりが…「左手と髪」・酒場で出逢った謎の老人が語る在りし日の強烈な恐怖体験――業と恨みが導く暗鬱な真実「奈落」など35篇の怪奇譚を収録。昏い陥穽に響く音は亡者の嬌声か、それとも生者の悲鳴か……。
著者紹介
吉田悠軌 Yuki Yoshida
著書に『恐怖実話 怪の残響』『恐怖実話 怪の残像』『恐怖実話 怪の手形』『恐怖実話 怪の足跡』『うわさの怪談』『日めくり怪談』『禁足地巡礼』、「怖いうわさ ぼくらの都市伝説」シリーズなど。共著に『実話怪談 犬鳴村』『怪談四十九夜 鬼気』など。近著に『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』。
月刊ムーで連載中。オカルトスポット探訪雑誌『怪処』発行。文筆業を中心にTV映画出演、イベント、ポッドキャストなどで活動。
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