【日々怪談】2021年3月25日の怖い話~ 山の自販機
【今日は何の日?】3月25日:電気記念日
山の自販機
市川さんが免許取り立ての頃の話である。友人と連れ立って夜の山にドライブに出かけた。山道を登っていくと、酷く喉が渇いた。
「近くに自販機かないかな」
「こんな所にそんなもんないだろ」
暫く山道をぐいぐい登っていくと、助手席の友人が声を上げた。
「おい、自販機あったぞ!」
自動販売機のものらしき蛍光灯の白い光が、木立の隙間から見えた。周辺を明るく照らしている。見ると誰かがそこでジュースを買っている。
「こんな山ん中まで電気来てるんだな。おい、車停めるからお前買ってこいよ!」
道ばたにぽつんと立っている自動販売機を通り過ぎ、路肩に自動車を停めた。
助手席のドアを開けた友人が小銭入れを握って駆けていった。
だが彼は自動販売機の前まで行くと、慌てて踵を返した。今小銭入れを持っていったではないか。「お前、金ないのかよ」と声を掛けた。
「違う違う! あの自販機壊れてんぞ! 電気通ってねぇよ!」
「いい加減なこと言うなよ、あっち見てみろよ」
市川さんが見ている限り、自動販売機の明かりはずっと点灯している。そう言うと友人も振り返って首を傾げている。
「でも近くまで行くと電気消えてんだよ」
それならと、今度は市川さんと二人連れ立って自動販売機の前まで歩いていった。
友人が自分のことを驚かせようと仕組んだのだろう。市川さんは内心疑って掛かった。
自動販売機のすぐ前に行ったところ、蛍光灯が消えた。もう周囲は闇である。
目が慣れると、自動販売機は確かに置いてあるものの、もうずいぶん前に廃棄されたようで、ジュースの空き缶の並んだ商品ケースがぐちゃぐちゃに割れ、本体も錆びている。
「えー!」
「な! な!」
怖くなって車まで走って帰った。
そのとき、後ろからガタン! という音がした。
振り返ると自動販売機には白く明かりが点いている。
その前に腰を屈めた真っ黒な人が、取り出し口に手を突っ込んでいた。
――「 山の自販機 」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より