【日々怪談】2021年5月9日の怖い話~おかあさん
【今日は何の日?】5月9日:母の日
おかあさん
当時大学生だった松山君が、入学から二年ぶりに山梨の実家に帰省したときのことである。
「二年も離れると、慣れ親しんだ自分の部屋が懐かしく感じられて、妙に楽しいんですよ」
十代前半の時分に流行ったCD、本棚に並んだとっくに読み飽きた漫画、小説、ダンボールに無造作に詰められた雑貨等々が、ノスタルジーをくすぐる。それらを手当たり次第に物色し追憶を味わっているうちに、矛先はガラクタや古本がしまわれている押し入れの中に向かった。
「押し入れの襖を開けてすぐのとこにある物は、そこそこ記憶に新しいんで、じゃあ、奥のほうには何があるのかなと、手を伸ばして――」
古いアルバムを見つけた。
捲ると、父が撮影したであろう、まだ小さい自分や若い頃の母が写った色の褪せた写真が、一ページに三枚ほど貼ってある。
「――見つけたアルバムがまた懐かしくて。小さい頃、このアルバムに入ってる写真の裏にメモ書きしたことを思い出したんですよ」
OPPフィルムを剥がし、台紙から写真を捲ると、確かに拙い字のメモ書きがあった。
台所に立つ母の後ろ姿の写真には〈あさごはん〉、海パン姿の松山君が海辺に立つ写真には〈すいえい〉という具合に、思い出にまつわることが子供なりに書かれている訳だ。
これは面白いと、夢中になって写真とメモを合わせて確認していった松山君だが、ある写真を手に取ると思わず眉間に皺を寄せた。
他のものと比べて妙に赤みのかかったその写真は実家の玄関を写したものだ。小さな自分と見たこともない女性の二人が立っている。幼少時の記憶ゆえ、自分の記憶に残っていない人がいてもおかしくはないだろう。だが問題は女性の風体だ。
しわくちゃの顔にやけに大きな黒目。口は大きく開かれており、皺の按配から〈老婆〉と呼べるはずだが髪は艶のある黒で、服装も白のワンピースととてもアンバランスだ。
捲ると裏には〈おかあさん〉とメモ書き。しかし、母とは似ても似つかない。
「そこで、あっと思い出したんですよ」
その写真を庭で燃やす、父と自分。両親に手を引かれ、寺へ連れて行かれたこと。これで大丈夫だよ、と母に頭を撫でられた感触。
大慌てで階下に降りた松山君は写真を両親に見せ、〈これ昔燃やしたよね〉と訊いた。
すると母は青ざめた顔で押し黙り、父は〈うーん〉と唸ってから、
「パパが何とかしておく」
と写真を受け取った。
松山君はそれ以上、あえて何も訊かないようにしたそうだ。
――「おかあさん」高田公太『恐怖箱 百舌』より
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