【日々怪談】2021年6月12日の怖い話~古着
【今日は何の日?】6月12日:恋人の日
古着
木下さんは古着屋が好きで、月に一度は古着屋に出かけては服を買い漁る。値段も新品で買うより安いし、何より着古されていると味が出ていてお洒落なのだという。
ある日、デニム地のパンツを買いに古着屋に寄った。何本か手に取ったものは、どれも裾が少しほつれかけていた。そのうちの一本はタグも取れて尻のポケットにも穴が開いていた。履き古しと言えば大分くたびれた履き古しだ。しかし新品には着古した服の味わいは出せない。合わせてみてもサイズに問題はなかった。まとめ買いの一本にそれを選んだ。 それから暫く経ったある日、先日古着屋で買ったデニムに初めて脚を通した。尻のポケットに穴の開いている古いデニムだ。古着は前のオーナーの身体の癖が染みついているのが普通だが、このデニムは身体に馴染んだ。前のオーナーの背格好や歩き方が自分と似ていたのかもしれない。これは良い買い物をしたと、木下さんはご機嫌で出かけた。
一日歩き回って帰宅した木下さんはシャワーを浴びた。そのとき、脚にお湯が染みた。
見ると臑の何カ所かに、皮を削いだように細い傷が入っていた。だが、小さな傷なので、そのときは気にせずに放っておいた。
朝、脚を見ると昨日の傷が瘡蓋になっていた。瘡蓋は左右合わせて五カ所あった。傷になっている箇所が意外と多かったので、驚いて昨日のことを思い返したが、特に理由は思いつかなかった。気にせず木下さんは同じデニム姿で夕方から彼氏に逢いに出かけた。
彼氏と一緒に買い物と食事を済ませ、その後ホテルに行くことになった。
シャワーを浴びるため先にバスルームに入った。
脚に染みた。傷だ。瘡蓋の所だけではなかった。
昨日よりも長くて深い傷が何本も入っていた。指先で触ると、今切ったかのようにぱっくりと傷が開いた。しかし血は出なかった。
憂鬱な気分でバスタオルを巻いて部屋に戻ると、彼氏がベッドの上で青い顔をしていた。
「お前の脱いだジーパンから、変な声が聞こえるんだけど」
しかし耳を澄ましても何も聞こえなかった。
聞こえないと返しても、彼氏は絶対にそのジーパンは変だと言い張った。
腹が立った。しかしデニムを広げてみると、膝から下が黒く濡れて重くなっていた。
「何これ、あんたがやったの?」
彼氏は首を振った。今日は一日晴れていたし、水に濡らした覚えもない。唯一可能性があるとしたら、脚の傷だが、そんなに血が出たらもっと痛むだろう。そもそも血で傷の周囲の肌も赤くなっているはずだ。
濡れた部分に触れてみると指先が赤くなった。鼻に近付けると鉄の臭いがした。
「……やっぱり」
「やっぱり? お前これ何処で買ってきたんだよ」
古着屋で買ったと言うと、彼氏は、
「もうこれ捨てないとダメだよ」
と言った。木下さんも、もうそのデニムを穿いて帰る勇気はなかった。
彼氏に脚の傷を見せると、
「……これ、暫く治らないと思うよ」
と眉間を曇らせた。彼氏の持っていた絆創膏を臑に何枚も貼り付けて傷を塞いだ。
幸いにもホテルにコスプレ衣装の販売があったので、その衣装のスカートを穿いてホテルを出た。
件のデニムは、帰り道で駅のゴミ箱に捨てた。
今でも木下さんの臑の傷は完治していない。傷からは不意に血が溢れることがある。
――「 古着」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より