■「事故物件」とは
広義には不動産取引や賃貸借契約の対象となる土地・建物や、アパート・マンションなどのうち、その物件の本体部分もしくは共用部分のいずれかにおいて、何らかの原因で前居住者が死亡した経歴のあるものをいう。ただし、死亡原因によって事故物件と呼ばないものもあるなど、判断基準は明確に定まってはいない。
■「事故物件」はどこが怖いのか
・人の住処なのに人が本能的に忌避する「死」のイメージがある
・死亡理由に悲しいもの、恐ろしいものがある場合がある
・不動産業者の事後処理によっては死体が発見された状態や死因により、汚れが残っている場合がある。
■「事故物件」の反語
・優良物件
■「事故物件」と「瑕疵物件」
『だが稀に、そうではない物件がある。
不具合、不都合、不条理、不義理、そんな「不」の連鎖が続いたものがある。』
『さて――。
此度は家に纏わる事柄を幾つか並べてみたい。』
(加藤一著『「極」怖い話 地鎮災(じちんさい)』収載「棟上げ式」より)
加藤一の取材・執筆による2013年刊行の「地鎮災」は物件にこだわった一冊。
とはいえ本書は「事故物件」という言葉を使わずに「瑕疵物件・心理的瑕疵物件」という切り口で実話怪談を集めている。
「あれ? 事故物件と瑕疵物件は何が違うの?」と疑問を抱く方もおられるだろうから、ここで瑕疵物件解説も立てよう。
■「瑕疵物件」とは?
・取引の対象となった不動産の当事者の予想していない物理的・法律的な欠陥(瑕疵)があったときの、当該不動産をいう。 土壌の汚染、耐震強度の不足などの発見は瑕疵となる恐れが大きい。 不動産売買契約締結時に発見できなかった瑕疵が一定期間内に見つかった場合には、買主は契約の解除または損害賠償の請求をすることができる。
瑕疵物件は「物理的瑕疵物件」「法的瑕疵物件」「環境的瑕疵物件」「心理的瑕疵物件」に大別できる。
「物理的」「法的」なんてのは、早い話が建築的に問題がある物件で、怪談ぬきで誰でも住みたくない物件だ。そもそも傾いている、耐震強度に明らかに問題がある物件なんて貸さないで! という話。
というわけで、怪談的に気になるのはこの内の「環境的瑕疵物件」と「心理的瑕疵物件」。
「心理的瑕疵物件」は、これぞ「事故物件」と呼ばれるものが多く、物件内やその周辺で事件・事故・トラブルが起き「心理的」に住んでて「ここって以前○○があった所だよなあ。いやだなあ、怖いなあ」「ああ、この周辺で昔こんな事件あったと知ってるよ。なんか気になる……」と思わせてしまうものを指す。
物件そのものに物理的な瑕疵はなくても、「住みたくない」と思わせてしまうわけだ。
一方「環境的瑕疵物件」は過去にそこで何か事件・事故・トラブルがあったわけではないのに、実際に住んでみると「うわあ、不快」と思わせる要因があるもの。
近くに風俗営業がある、近所の工場から異臭や騒音がする、などその時点で法的に問題がなくとも、「環境的」には気になる部分が多いと「環境的瑕疵物件」となる。
怪談的には「事故物件じゃないのに、実際住んでみたら、時折風呂の壁に長い髪の毛が張り付いたりするんですが……」も「環境的瑕疵物件」となります。おお、恐い……。
■現代実話怪談における「瑕疵物件」「事故物件」の扱い
「事故物件」という言葉はいたってシンプルで、「そこで人が亡くっている事実がある部屋・家」というもの。もちろん、怪談ではその場で怪異が起きたり、後に住んだものに何かが取り憑いたりする。
だが上記の解説の通り「瑕疵物件」という括りだと、少し意味合いが変わる。
「地鎮災」に収載されている怪談は、その部屋・家で亡くなった誰かが原因となっている怪異は少なく、住まいの近辺の不幸、土地の歴史に纏わる何かなどが起因となった怪異が多い。
その場で人が死んだわけではないので「事故物件」とは呼べない。だが、とにかく変なことが起こりがちなため、「心理的瑕疵物件」として扱われている場を掘り下げたのが、「地鎮災」ということになる。
場合によっては元来「瑕疵物件」だったところに住んだ者がなんやかんやで命を失い「事故物件」を生む当事者になることもある。
不動産業者から報告義務がないまでも、業者は何かを知っている「心理的瑕疵物件」が存在していることを思うと、もう何を目安に借りたり買ったりしたらいいのか分からないという恐怖がある。
「地鎮災」の白眉は北海道の有名心霊スポット「円形マンション」の項である。加藤一入魂の取材力が爆発する、読んでいて気が滅入ることなしのドン引き怪談だ。
国土地理院の航空写真で現在円形マンションが建つ土地にかつて建っていた「松山外科産科医院(仮名)」を確認するところから始まる「一、円形マンションについて」では、一枚の心霊写真に纏わる怪談が掲載されイヤ〜な口火。
続いて院長の息子「松山さん」の少年時代の体験を描いた「二、病院」では、かつてアイヌの古戦場だったという土地の歴史などが紐解かれ、「三、父母の家とそれにまつろうこと」では、一族に「蛇憑き」がいたという松山家の因果も絡みつく。
「四、円形マンション竣工後」「五、現在の円形マンション」では、「霊能者の宜保(ぎぼ)愛子さんが鼻血を出した」「円形マンション一階のテナントの借り手がまったく付かない」など、円形マンションにまつわる噂の検証、実際に起きた怪異を「松山さん」への取材で掘り下げていく。
「心理的瑕疵物件」のおぞましさ、味わい深さを知るにうってつけの章となっているので、一読願いたいものだ。
■生まれ変わった「事故物件」
「事故物件」という言葉の方は元より馴染み深いものだった。しかし今となっては馴染み深いを飛び越えてトレンドワードと呼べるほどになっている。
火付け役はいわずと知れた「事故物件公示サイト 大島てる」(https://www.oshimaland.co.jp/)と「事故物件住みます芸人・松原タニシさん」だ。
大島てるさんのサイトは、大衆の「怖いもの見たさ」を大いに刺激し、オカルト・怪談的な意味合いを超えて人気を博している。
タレント北野誠の番組「北野誠のおまえら行くな。」の企画がきっかけで「事故物件住みます芸人」を名乗るようになった松原タニシさんは、これまで何件もの事故物件に住み、2018年にこれまでに住んでいた所や物件検討時の内覧、特殊清掃のアルバイトなどで訪れた事故物件を間取り図付きで紹介する『事故物件怪談 恐い間取り』を上梓し、同書は「リング」などの作品で知られる中田秀夫監督、人気俳優亀梨和也さんの主演で今年映画化もされた。松原タニシさんの活動もオカルト・怪談の範疇が礎にありつつもその範疇を超えた「もし事故物件に住んだら」の擬似体験を大衆にもたらした。
両者の注目すべきポイントは非オカルト勢をも巻き込んだブームになるほど、「事故物件」が時代にマッチしたという事実だろう。
というのも高齢化、貧困、少子化など現代日本の社会問題が「事故物件」をより身近なものにしているからだ。
身よりのない老人の孤独死、貧困や精神の限界から止むに止まれず行われた自死など、ネガティヴな死のイメージが「事故物件」に集約されている。
新聞やテレビで報じられるそれらへの恐怖心が「事故物件」を「現代を生きるみんなの怪談」へと押し上げる。
松原タニシさんの朴訥とした風貌から淡々と語られる恐怖譚もさることながら、時に見せる死者を悼む人間味。溌剌とした発声でありながらも無常感を漂わせて事故物件の説明をこなす大島てるさん。
両者は悲しい現実を多角的に見せてくれる。
「えー! 人が死んだ部屋なのー! お化け出そうで怖いー!」という子供の声もあれば、「……悲しいね。ちょっとそんな部屋はイヤだな」という大人の声もある。
現代を生きる全年代の普遍的な心情を刺激するのが「事故物件」であり、これこそがブームの源となったのだ。
■「瑕疵物件」VS「事故物件」
「地鎮災」を読んで感じたことがある。
それは「瑕疵物件」モノの怪談は意外と「人」の存在を感じにくい、ということだ。
「事故物件」にある「死者」よりももっと大きな禍々しい存在をそこに感じるエピソードが多い。
言うなれば巷の「事故物件モノ」は「1(そこで亡くなった者)対1(今住んでいる者)の関係があり、「瑕疵物件モノ」は「ワケのわからない大きな何かとその辺一帯の住人」の関係がある。
実話怪談ファンならピンとくるはずだが、恐怖の質が違うのだ。
事故物件からは現実的(社会問題的)な恐怖を感じ、瑕疵物件からは怪談ロマン的な恐怖を感じるといえば伝わるだろうか。
いずれにせよ、どちらも怖いのだが……。
■世界の事故物件
『今回の映画作品のテーマは「事故物件」だった。
K村さんは自分が今まで出会った事故物件の思い出話を始めていたのだ。」
(住倉カオス著『百万人の怖い話 呪霊物件』収載「第八章 呪霊物件 厄ホテル」より)
2016年刊行の「呪霊物件」は住倉カオスさんのルポルタージュ文体が冴える名著だ。
引用に出たK村さんはアメリカで恐ろしい体験をすることになるわけだが、この怪談がまさにこれまた引用にある通り「事故物件」絡み。「ブラック・ダリア事件」、チャールズ・マンソン、マリリン・モンローなどの名が飛び出す世界的に有名な事故物件が怪異譚とともに紹介される。
話をほんのりとずらすが、アメリカのホラー映画における「家モノ」はそのほとんどが事故物件を舞台にしている。そしてその事故物件は、おしなべて殺人事件が起きた家だ。
銃社会であり、日本以上に様々な社会問題を抱えたアメリカではとにかく「殺される」がリアルな恐怖。
大仰なアメリカのホラー映画と繊細なジャパニーズ・怪談を比較するのも野暮に思えるかもしれないが、国家により恐怖の在り方が違うことに着目するのも一興だ。
さてさて、あなたの住む家では何かおかしなことは起きてないでしょうか?
住処の安心安全は、どうにも脆いようです……。
書いた人
玉川哲也(たまかわ・てつや)
オカルトをこよなく愛でる新進気鋭のフリーライター