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その時、松村は言った…「今からこの瓶で頭ぶん殴ってもいいですか?」―「超」怖い話・夏組の怪談エッセイ〈3匹がごにょごにょ〉8

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 先週から毎週木曜更新となったこのコーナー。
 今夜の綴り手は、原田空。

 怪談の日、熱帯夜にふさわしい追憶と記録をどうぞ。

  * * *

 身体が老い朽ちつつあるからか、はたまた温暖化の影響による異常気象のせいなのか、年々夏の暑さが凶暴性を増して素の肌に食い込んでくるように感じる今日この頃です。この原稿を書いているのは、立秋を過ぎたとは到底思えぬ程に日の出前からうだるような日の夜でして、昨日の昼過ぎには群馬県某所では40℃を超えたとの報道。最近では熱中症警戒アラートなるものがいつの間にか世間にちらちらと顔を出し始め、なんでもかんでもアラートアラートと小喧しく、誰かに警告されるまでもなく、暑いものは暑い訳ですし、危険なものは危険な訳なのですから、それくらいは自分自身で見極められるようになりたいものです。
 今年の「超」怖い話は皆様のせめてもの涼のひと時と成り得ておりますでしょうか。この御時世ですから、なにぶんと心配であります。

 さて、前回の私の順番の最後に「3人の馴れ初めはまだまだ書き足りない」旨、宣らせていただきました。今回の原稿を書くに当たって前回書いた内容を読み返していたのですが、幾分、皆様にお伝えしたい内容が残念ながら書き尽くしてしまっており、燃え尽き症候群を患ったまま、こうして真っ白なパソコンの液晶画面と睨めっこしている体たらくであります。

 松村、深澤と3人で顔を合わせるようになって、あれは何度目のことだったでしょうか。4代目編著者を招き、4人で酒を呑んだ夜がありました。新宿駅近くにある、一抱え程もある大きな日本酒の樽を店先に幾つも積み重ねた、それはそれは豪奢な居酒屋でありました。私達3人が世に出て数年が経った頃で、松村は件の怪談コンテストでの優勝後に、この業界の人間関係や自身の思惑、自分がやりたいことが思うようにできないというジレンマ、そのほか諸々の良くも悪くも貴重な経験を経て、5代目編著者に就任したばかりでした。一方の私と深澤の2人と言えば大した実績も無い癖に、他の多くの烏合の怪談書きに交じって道端の隅っこに転がる石ころのような怪談を書き上げ、一丁前の怪談作家を気取っていた訳であります。
 呑み始めてどの位の時間が経った頃でしょうか。不意に松村が4代目編著者に向かって「3人で1冊の本を書き上げさせて欲しい」と言い出しました。確か、言い回しはもっと丁寧で、重厚感のあるものだったように記憶しています。私は当時、前述の烏合の1羽の地位に甘んじており、寧ろ自分の聴き書いた話が書籍になって書店に並ぶことで悦に入っていたところもありましたから、松村のこの突然放った台詞は、また、私の目をシロクロさせました。おいおい、松村、冗談だろ。我々の恩師に向かって貴様は何事を言い出すものぞと、少しばかり鼻息を荒くした覚えがあります。そう――。私はいつの間にか「この3人で、いつか日本の怪談シーンを変えてやろうぜ」と約束したあの日のことを大変残念なことにすっかりと忘れてしまっていたのであります。ですから、この際の松村の台詞を聞いた私は、心に響くどころか、兎にも角にも今のこの場を乱さないでくれ、私の今のポジションを失するようなことを言い出さないでくれという、振り返ってみれば大変にみっとも無いものでした。
 4代目編著者の答えは、即答で「NO」でした。確か「まだ早いんじゃないのか」とも仰っていたと思います。4代目も、まさか松村が本気でそんな台詞を吐いたとも受け取っていなかったように思います。私も松村が酒に酔ったうえで冗談を言い出したのだと思いました。今考えても、当時の私は松村はもとより、深澤と比べても圧倒的に実力不足でした。取材力やそれに繋がる人脈、商業ベースに載せられるだけのネタの収集力、文章の構成力、独創性、怪に対する着眼点、そもそもの筆力、等々、等々。どれ一つとっても私は2人に劣っていましたし、それを自覚もしていました。
 元々、松村は「この3人なら、それぞれが足りない部分を補うことができる」という主旨の話を顔を合わせる度にしていました。ですが、私には自分より力がある2人を補う要素など無く、寧ろ私が2人の足を引っ張ってしまうと考えていました。
 4代目の「NO」は、そういったことも踏まえたうえでの「NO」だったのであろうと、今でも理解しています。
 4代目の答えの後、松村は大きな溜息を吐き、テーブルに並んだビールの空き瓶を握り締めると「じゃあ、今からこの瓶で、頭、ぶん殴ってもいいですか」と吐き捨てました。
 いや、ちょっと、待てと。
 その瞬間の松村の表情筋、特に瞼に入れた力加減、ビール瓶を握る腕の筋肉の盛り上がり方。怖い程に本気の、普段私や深澤に見せたことがない松村でした。深澤と私は咄嗟にその場を諫めようとしたものの、松村に気圧され、2人とも声が出ませんでした。それまで和やかであったはずの場が一気に熱を帯び、そして、急速に冷えていくのが判りました。暫くの沈黙の後、流石にそれを察したのか、松村は「まあ、冗談ですけど」と少し笑い、ビール瓶を手から放しました。
 時間はすでに最終電車をとうに過ぎており、行き場もないまま、私達3人はなんとなくしょんぼりしたまま、ぽつりぽつりと社交辞令のような言葉を交わし、白っちゃけた早朝の新宿駅に向かったのでした。
 始発電車に揺られて家に着いた私は、酔い覚ましに水を飲もうと、誰も居ない早朝の台所に立っていました。水を汲んだコップを持ちながら、なぜか胸が苦しく、暫くの間、その水を飲めずに立ち尽くしていました。

 ずっと、本気だったんだ――。

 3人が出会ったときから、ずっとお互いに言い続けていた約束。松村は最初からずっと今まで本気で考えてくれていたんだ。私はいつの間にか忘れてしまっていたのに。私はいつの間にか諦めてしまっていたのに。唯の「夢」だと思っていたのに――。
「なんだよ。あいつ、馬鹿なんじゃねぇか」
 明け方の、誰も居ない台所でコップを握り締めたまま、私は独り、呟きました。
 今から10年程前のことです。
 3匹の馴れ初めは次回で最終となります。もう暫し、お付き合いを。

★次回、8/20(木)は松村進吉さんです。どうぞお楽しみに!

★絶賛発売中

「超」怖い話 庚(かのえ)

松村進吉 編著
深澤夜、原田空 共著

かつてない混迷の中にある今夏、とんでもなく濃密な怪談が3人の元に集まった。
否、託されたと言うべきか。
漁村の怖ろしき禁忌譚ほか、怪談沼の深みに首までつかりたい愉悦の32話‼

無料で読める怪談話や怪談イベント情報を更新しています

著者紹介

村進吉(まつむら・しんきち)

1975年、徳島県生まれ。2006年「超-1/2006」に優勝し、デビュー。2009年からは五代目編著者として本シリーズを牽引する。2017年『「超」怖い話 丁』(竹書房)より共著に深澤夜と原田空を迎え、新体制をスタート。近著に『怪談稼業 侵蝕』(KADOKAWA)、主な既著に『「超」怖い話 ベストセレクション 奈落』(竹書房)など。

深澤夜ふかさわ・よる)

1979年、栃木県生まれ。2006年にデビュー。2014年から冬の「超」怖い話〈干支シリーズ〉に参加、2017年『「超」怖い話 丁』より〈十干シリーズ〉の共著も務める。単著に『「超」怖い話 鬼胎』(竹書房)、松村との共著に『恐怖箱 しおづけ手帖』(竹書房)がある。

原田空(はらだ・そら)

1978年、埼玉県生まれ。2006年にデビュー。2017年『「超」怖い話 丁』より〈十干〉シリーズの共著者として参戦。共著既著に『恐怖箱 蟻地獄』(竹書房)、深澤との共著に『恐怖箱 蛇苺』(竹書房)がある。

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