黄泉つなぎ百物語 第四夜「ご自由にお持ちください」神沼三平太
雛戸さんの家の近所に新たに開館した図書館では、書籍の寄贈を受け入れていた。
しかし、寄贈を受けた本に重複が生じた場合には、希望者が持ち帰っても良いように、段ボール箱に詰めてカウンターに並べていた。
特にベストセラー本は重複の生じる可能性が高く、かといって市民から寄贈を受けた本を、無下にするわけにもいかないという事情もあったようだ。
まだ収蔵前の、印も捺されておらず、ラベルも貼られていない本が手に入るということで、雛戸さんは図書館に行くたびに、段ボールの品揃えを確認した。めぼしい本があれば、それを持ち帰る。読み終わった本が溜まったら古本屋に売ってしまえばいい。
その日も帰り際に段ボールから二冊持ち帰った。翌朝、彼女の部屋のドアが音を立てて開いた。雛戸さんが驚いて跳ね起きると、同居している兄がこちらを睨んでいる。明らかに怒っているのだが、まだ明け方である。
昨晩、自分が何かしでかしただろうかと不安に思っていると、兄は手にした文庫本を投げつけてきた。
「おまえこんなもんどっから持ってきたんだよ!」
いきなりなことに、雛戸さんも頭に血が上り、ベッドから立ち上がった。
「図書館の段ボールの中からだよ。何だよ何があったんだよ。説明しろよ。いきなり本を投げつけられたんじゃ、こっちも意味がわかんねぇよ!」
荒らげられた声に、兄は激昂した。
「今すぐそれ捨ててこい! こんなもんが家にあったら死ぬわ!」
状況が全く把握できない。兄をなだめて理由を聞き出した。
すると、兄は昨晩雛戸さんの部屋に勝手に入り込み、彼女の机の上に置いてあった本を持っていっていたことが判明した。
彼は自室のベッドに入って本を読むうちに寝落ちしたが、直後から明け方まで、ずっと金縛りに遭っていたという。見知ら老婆が満面の笑顔で顔面の肉を引っ張っては、ぐにぐにと揉み続け、兄が恐怖で何度気絶しても、老婆は顔揉みをやめなかった。おかげで顔は今でも痺れっぱなしだという。
お前どこからあの本持ってきたと吠える兄に向かって、雛戸さんは冷たい声で答えた。
「あのさ、妹の部屋に勝手に入って本持って行くってどうなの? それ自業自得だよね」
最低野郎だなと罵られた兄は、顔を真っ赤にして部屋から出て行ったという。
ー神沼三平太「ご自由にお持ちください」ー