黄泉つなぎ百物語 第五夜「歌に合わせて」橘百花
千尋さんは母親と息子の三人で暮らしている。当時住んでいた団地での話だ。
息子はまだ小学校低学年で、非常に怖がり。トイレや風呂など、可能な限り誰かについてきてもらわないと嫌がる。
その日。息子は彼女の母親と一緒に風呂に入ることになった。
仲良く湯船に浸かっていると、息子が歌い始めた。すると赤ん坊が激しく泣く声がする。
「赤ちゃんが泣いてるよ」
その声に驚いた息子は歌うのを止める。すると赤ん坊の泣き声も同時に止んだ。
一緒に風呂に入っている彼女の母親も聞いているのだから、気のせいではない。風呂場は急に静かになった。また聞こえてくるのではと二人は黙って耳を澄ませてみたが、泣き声はしない。
再び息子が歌いだす。するとまた赤ん坊の泣き声がした。先程と同じ方向からだ。歌うのを止めると、同時に止む。
それが何度も繰り返された。
息子の歌に合わせるように赤ん坊が泣いている。母親も不思議に感じた。
赤ん坊の泣き声がする方には、小さな子供は住んでいない。過去に泣き声が聞こえたこともない。
その後も息子が風呂場で歌う事はあったが、赤ん坊の泣き声が聞こえたのはその日限りだ。
―橘百花「歌に合わせて」―