【日々怪談】2021年7月26日の怖い話~ヤクザキック
【今日は何の日?】7月26日: 幽霊の日
ヤクザキック
関西に住む元走り屋の若松さんから聞いた話である。
今は綺麗になってしまったが、昔よく攻めていたコースの一つに山の中の別荘地があった。バブル期に威勢良く別荘を建てたは良いが、バブルが弾けて誰も買わなくなってしまったのだ。結果、商売にならずに放棄されたような状態になっていた。年に数度依託された管理業者が作業するくらいである。人里離れた山の中で他に誰が通る訳でもない。だから走り屋グループの溜まり場としては都合が良かった。当時は誰も住まないまま廃墟となった別荘のガラスを割って侵入し、酒やドラッグを持ち込んでいたという。
「そうや、この別荘地の奥行ったことあらへんな?」
確かにそうだ。割石の敷かれた道は植物の浸食も少なく、若松さん達は徒党を組んで奥へ奥へと歩いていった。別荘地の敷地全体はかなり広かった。
「まだ奥あるんかなぁ」
「何や、ここで終いか?」
ひときわ立派な建物が建っているが、やはりここ最近使われた形跡はない。
「オイ、コラァ。お前ら何やっとんじゃ!」
声を掛けられた。振り返ると、今時こんな典型的なヤクザがいるのかというコテコテの格好をした中年男性が立っていた。縦縞の山吹色のスーツ。浅黒い肌にパンチパーマ。サングラスを掛けて金色のアクセサリーをじゃらじゃらさせている。
「あ、あの……」
「何やっとんか聞いとんねん!」
ヤクザはドスの利いた怒声を上げ、抱えていたセカンドバッグを地面に投げ捨てた。
「拾え!」
若松さんはそのセカンドバッグを拾って手渡した。すると再度バッグを投げ捨てる。
「拾え!」
受け取るたびに投げ捨てては「拾え!」と繰り返す。もう二十回は拾っただろうか。気付くと仲間の姿は見えなくなっていた。置いていかれたのだ。
繰り返される拾えの声にへとへとになりながらも、セカンドバッグを渡し続けた。
「おい、お前なかなか見所あんな。よし小遣いや。取っとれ」
ヤクザは紙幣を差し出した。それを受け取った途端にヤクザの姿がすうっと消えた。
幽霊だ。若松さんは驚いたのと怖いのとで慌てて逃げ帰った。
いつもたむろしている仲間のアパートに転がり込み、事情を説明した。
「幽霊の金やったら、もうなくなってんのちゃうか?」
とぼけた声で仲間が言った。慌てて探るとポケットの中には確かにお札が入っていた。
一万円と書かれてはいるが、見たことのない肖像画だ。仲間は口々に言った。
「何やこれ!」
「お前、ヤーさんの幽霊に騙されとるやん! これ偽札やろ!」
「アホ! お前、これ昔の一万円札や! ここに書かれとるの聖徳太子や!」
「聖徳……何とかって誰や?」
馬鹿である。
後日、話を聞きつけた神崎という仲間が、その幽霊に啖呵をかましてやると宣言した。
「お前ら、ただのヤーさんの幽霊にビビってたんかい。俺が一発かましてきたるわ!」
威勢良く出て行った神崎だったが、翌日仲間が結果を訊ねるとどうにも歯切れが悪い。
見れば顔がぼこぼこに腫れているし、前歯も欠けている。
問いただすと、神崎が例のヤクザの幽霊に啖呵を切った瞬間に、顔をぶん殴られて地面に転がった。転がったところを革靴の底で何度も顔を踏まれて、結局は前歯をへし折られてしまったのだと言った。
――「ヤクザキック」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より