【日々怪談】2021年7月22日の怖い話~帰宅
【今日は何の日?】7月22日: 下駄の日
帰宅
加奈子さんが家に戻ると、玄関に見たことのない下駄が置いてあった。
居間のドアを開けると、テレビの前に夫が立っていた。
加奈子さんの夫は建設会社で現場監督をしていた。繁忙期の晴れた日の夕前に帰宅するのはごくごく稀だ。
夫は背を軽く曲げ、項垂れたまま、呆けたような顔をして立っている。
「今日は現場が早かったのね」
加奈子さんは見慣れぬ夫の様子に気を張りながら、ごく自然に語りかけた。
「下駄買ったの……?」
夫から返事はない。
「大丈夫? 具合でも悪いの?」
続けてそう声を掛けた。
「……」
返事は再び、ない。
何があったの? と訊く前に夫はスタスタと居間から出て行った。
何があったか全く想像も付かないが、ほとぼりが冷めるまでそっとしておこう。 加奈子さんは夕食の準備を始めて、気を紛らわせることにした。
「ただいまぁ」
夕食ができるとほぼ同時に、玄関から夫の声が響いた。
夫がいつの間に外出していたのかはさておき、普段通り元気そうな声音が聞けて、加奈子さんは安心した。
「おお。今日はカレーか。いいな」
「いいなじゃないわよ。心配したんだから」
「心配? もしかして会社から電話きた? 大袈裟だなあ」
「会社?」
「大丈夫だよ。少し休んだら楽になったから」
話が見えないまま、夫は笑った。
加奈子が下駄のこと、姿を居間で見たことを話すと、夫はさらに笑った。
何が面白いのかは結局話してくれなかった。
夕食を終えたのち、加奈子さんは改めて下駄の有無を確認しに玄関へ向かった。
やはり下駄はあった。代わりに夫の革靴は見当たらなかった。
そこにメールが届いた。
〈悪い。ちょっと現場でトラブって今日遅くなる〉
夫からである。何のことやらと家の中にいるはずの夫の姿を探したが、何処にも見当たらなかった。いつしか下駄もなくなっていた。
真夜中に帰宅した夫に今日あったことの次第を告げると、
「下駄ってあの現場の土から出てきたヤツかなぁ……」
と眉を顰めるばかりだった。
――「帰宅」高田公太『恐怖箱 百眼』より