【日々怪談】2021年8月2日の怖い話~ぺったんこ

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【今日は何の日?】8月2日: おやつの日

ぺったんこ

 杉田さんの部屋は汚い。とはいえゴミが散らばっている訳ではない。単純に物が多くて整理されていないのだ。内訳はお菓子と缶ジュースにペットボトルである。部屋の中にそれらが所狭しと置かれている。
 杉田さんはコンビニが大好きで、会社帰りに寄っては、ついつい新製品を買い込んでしまう。しかし、別にお菓子を食べるのが好きという程ではない。だからチョコレートなどの甘いお菓子は会社に持っていって、おやつとして同僚の女性達に配ったりしている。
 一方、スナック菓子は持ち帰るものの胃もたれするので、最近は手も付けていない。
「自分でも無駄だなって分かってるんですよ。でもストレス解消になってるみたいで、止められないんです」
 要は買い込むこと自体が趣味なのだ。

 杉田さんはある日、自分の部屋に変な物があるのを見つけた。スナック菓子の袋だが、何処にも封を切った様子がない。それにも拘わらず中身がない。ぺったんこである。不思議に思って封を開けてみたが、スナック菓子の香りはすれど、やはり中身はなかった。
 もちろんコンビニで買った物である。レジを通した時点では、こんなことはなかった。
 それ以来、時折変なものが部屋に現れ始めた。平たくなった封の切っていないスナック菓子の袋。蓋を開けないまま空になって潰れたペットボトル。プルトップの開いていないままぺしゃんこに潰れたアルミ缶。

 夜、杉田さんがふと目を覚ますと、部屋の何処かから音が聞こえてきた。
 ぺきぺきぺきぺき。アルミ缶が潰れていく音だと気付いた。それと同時に、資源ゴミに出したばかりで、自分の部屋に空き缶がないことにも気付いてしまった。
 中身が入っているアルミ缶が、ねじり潰されていく断末魔の音を立てているのだった。
 翌朝、部屋を掃除してみると、ペットボトルのお茶二本と炭酸飲料のアルミ缶一本が、プルトップが閉じたままの状態で中身だけ空になっていた。試しにぺったんこになったペットボトルの蓋を開けると、開けた瞬間に勢い良く空気を吸い込み、元の形に戻った。
 それから何日かして、テーブルで事務仕事をしていたときのことである。
 今しがた買ってきたばかりの缶コーヒーが、カタカタと音を立て始めた。最初は地震かと思ったが部屋は揺れていない。
 その直後、目の前のスチール製の缶の中央部分が、誰かに握り潰されているように歪み始めた。真ん中が凹むと、それに続けて絞るように缶がねじられていく。変形した缶は、上から圧力が掛かっているように、次第に背が低くなっていく。上から人でも乗っているのかと思ったが、そういえば中身の入ったスチール缶の上に大人が乗っても缶は潰れない。
 そう気付いた瞬間、血の気が引いた。
 しかし、目が離せなかった。多分これをやっている相手は、自分に見せようとしているのだ。そうでなければ、わざわざ今買ってきたばかりの缶コーヒーを潰さないだろう。
 十分程経過した後、机の上には、コースターのように平べったくなったコーヒー缶が残された。だが、その缶に入っていたはずのコーヒーは一滴も溢れていない。
 分からない。分からないけど――。
 このままだと、いつか自分自身がぺったんこにされて死ぬんじゃないだろうか。
 いつだってそれができるんだぞ、というアピールのような気がした。

 杉田さんは今もコンビニでスナック菓子とペットボトル、缶ジュースを買い込み続けている。多分そのうち自分も潰されて死ぬんだと思っている。
 そして今も時々ぺったんこになった未開封の缶が部屋に落ちている。

――「ぺったんこ」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より

#ヒビカイ # おやつの日

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