【日々怪談】2021年8月5日の怖い話~トライシクル
【今日は何の日?】8月5日: タクシーの日
トライシクル
フィリピンのルソン島にあるバギオという都市での話である。
その都市の近郊に、通称〈ホワイトハウス〉と呼ばれる白亜の豪邸がある。しかし豪邸の主人達は強盗に遭い、六人全員が殺害され、今は幽霊屋敷として知られている。
トライシクルのドライバー達は、早朝まで客待ちをする。トライシクルとは、自動二輪に大型の乗客用サイドカーを付けた三輪タクシーだ。フィリピンでは一般的なサービスである。
その夜もドライバー達は道ばたに集まって、雑談をしながら客待ちの時間潰しをしていた。段々夜は更けて、二時を過ぎ、三時近くになった。
そのとき、ふらふらと白いワンピース姿の若い女性がドライバー達に近付いてきた。歳の頃は十六~七といったところか。
女性はある地名を上げ、そこまで連れて行ってほしいと言った。ドライバー達はそこが例のホワイトハウスのすぐ近くだとすぐに気付いた。気持ち悪いなと全員が感じたようだったが、幽霊など見たこともない一人が仕事を引き受けた。
日本のタクシーとは異なり、ドライバーはバイクに跨がっており、客はサイドカーに納まっているので、乗客との会話はほぼない。終始沈黙のまま目的地に近付いた。
「ここで停めて下さい」
女性がドライバーに声を掛けた。
ドライバーはトライシクルを停めて料金を告げ、支払いを待った。
女性はドライバーを見つめながら無言のまま自分の鼻に指を突っ込んで、白いものをほじりだした。
血の付いた綿だった。
女性はそれをドライバーの掌に乗せると、そのまま消えてしまった。
――「トライシクル」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より
#ヒビカイ # タクシーの日