【日々怪談】2021年4月21日の怖い話~ヤカン

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【今日は何の日?】4月21日: 民放の日

ヤカン

 当時大学院生だった秋本君は、アパートで一人暮らしをしていた。
 その日の夕方は部屋が妙に騒がしかった。
 テレビは消してあるし、ラジオは持っていない。パソコンの電源は落としてある。だから音の出るものはないはずなのだが、それでもワーワーという歓声が聞こえる。近所でテレビでも見ているのだろうと思ったが、どうも部屋の中から音は聞こえてくる。
 秋本君は音の出所を探しているうちに、音が古いヤカンから出ていると気が付いた。古くて丸い真鍮色をしたヤカンだ。近所の金物屋で安く手に入れたものだ。
 そのヤカンの中から声が響いている。そっと蓋を開けて覗き込んでみると、歓声が大きくなった。中には小さな土俵があり、行司と力士二人がいた。今まさに取り組みの真っ最中だった。土俵の周囲には高土間式の枡席まであり、客が隙間なく入っている。
 決まり手は上手投げ。歓声とともに座布団が舞った。そこまでは確認できたが、次第に焦点がボヤけて何も見えなくなった。

 別の日、再びヤカンから歓声が聞こえた。蓋を開けると、今度は観客席にぎっしり客の入った野球場が広がっていた。
 これは面白い、友達にも見せようと思って何人かに声を掛けた。
「うちのヤカンが凄いんだぜ」
 今までの経緯を説明して〈泊まっていけよ〉と誘ってみたら、数人が食いついた。
 その夜も例によってヤカンが歓声を上げ始めた。待っていましたとばかりに秋本君が蓋を持ち上げる。
 ヤカンの中では野球の試合が行われていた。じっと見ていた友達が言った。
「これ、ヤクルト巨人戦だよな」
 確かに今までは気付かなかったが、よく見るとユニフォームが実在するチームのものだ。
「テレビ点けろテレビ!」
 テレビの放送を見ると、アングルは異なるが、今まさにヤカンの中と同じ光景が広がっていた。

 暫くヤカンについて調査を続けたところ、どうやらテレビでスポーツ番組が流れているときにしかヤカンの中に像は現れないらしい、という法則が分かってきた。
 逆にその法則を利用して、秋本君はサッカーのワールドカップもヤカンを覗き込んでスタジアムを上から観たという。

 ――これ、ずっと取っておこう。
 秋本君はそう考えていたが、あるときを境に、ヤカンが全く反応しなくなった。
 友達も大変残念がり、ヤカンが沈黙した原因探しをすることになった。
 ぶつけたんじゃないか、落として凹ませたんじゃないか、といった理由は当てはまらなかった。しかし、何となくこれではないか、という理由に辿り着いた。
 二〇一一年夏のアナログ放送中止に伴い、秋本君も地デジ対応の薄型テレビに買い替えたのだ。
 それまで愛用していた古いブラウン管のテレビはそのとき電器屋に引き取ってもらった。
 どうもそれ以来ヤカンは沈黙したままなのだそうだ。

――「 ヤカン」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より

#ヒビカイ #民放の日

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