【日々怪談】2021年8月18日の怖い話~失

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【今日は何の日?】8月18日:約束の日

 ある夏のことだった。
「菜々ちゃんあのね! あたし海に行って思い切り遊びたいの!」
 日曜の朝。里歩は電話口で開口一番にそう言った。
「どうしたの? さては何かあったでしょ?」
 菜々は年下の幼馴染である里歩を、妹のように可愛がっていた。
「分かる? 実はちょっと前、彼氏に振られまして……」
 そういうことなら、と菜々は早速車を出し里歩を迎えにいった。
 失恋の痛手を癒やすには、こんな晴れた日の海は持ってこいだ。

 翌日の晩、里歩の母から電話があった。
「菜々ちゃん……うちの娘……昨日何処かおかしくなかったかしら?」
 ただならぬ震え声だった。
「え? あの……元気でした。一緒に泳いだり、肌を焼いたりして……」
「そう……なら良いけど」
 別れの挨拶もなく、プツリと電話は切れた。
〈里歩、昨日は元気だったよね? 何? 何かあったの?〉
 自分が深入りすべき問題なのか全く判断が付かず、安易に里歩の携帯へ電話をするのも躊躇われた。
 動揺した菜々は、海で撮影した写真の中の里歩を見て心を落ち着けようとした。
〈昨日は元気だったよね。一緒に笑ってたよね……〉

 それから一カ月後。
「菜々ちゃんごめんね。心配掛けて。あたし頭おかしくなってたみたい」
 里歩は海へ出かけた日の晩、自らの手で右目を抉り取り、卒倒して自室で倒れているところを母親に発見され、救急車で運ばれていた。
「もうよく分かんないけど、ほら彼氏と色々あったから疲れてたのかな。今、入院しているから元気になってきてるよ」
 実は、菜々が海で撮った里歩の写真は、背後から回された何者かの両手で里歩の両目が覆い隠されていた。漏れなく全てが同じようになっていた。
「もっと元気になったらまた遊ぼうね。海、凄い楽しかったんだから。菜々ちゃんには感謝してるよ」
 里歩の目を隠した手は、長く細い指と小さな甲が老人のそれのように萎れていた。
 爪は真っ黒だった。
「退院したら、男紹介してね。約束だからね」
 里歩が左眼を抉ったのは、その電話があってから三日後のことだった。

――「失」高田公太『恐怖箱 百眼』より

#ヒビカイ # 約束の日

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