【日々怪談】2021年8月25日の怖い話~盛り塩
【今日は何の日?】8月25日:歯茎の日
盛り塩
木田さんはパチンコが趣味だ。毎年正月には初打ちと称してパチンコ屋に並ぶ。その日の出玉の調子で、一年の賭博運を確認するのだ。もちろんそんなことで運など読める訳はないが、それが木田さんにとってのジンクスなのだ。
その日が一年の最初の日であることは、店にとっても変わりはない。正月くらい気持ち良く打ってもらってその後で常連客として付いてもらったほうがいい。だからご祝儀とでもいうのだろうか、正月は釘目が甘くなっているはずだ。木田さんはそう信じている。
普段よりもよく出るはず。皆そう期待して打つ。だが木田さんは負けた。徹底的に負けた。玉はするすると飲み込まれ、熱くなった木田さんは生活費の一部まで注ぎ込んだ。
だが結局挽回する事もできずに資金が切れた。
後悔よりも、初打ちでこのような仕打ちをする店に怒りが湧いた。
客に少しは愛想良くしやがれ。まだ正月だぞ糞。
肚の底で怒りと悔しさが煮立っていた。
肩を怒らせて店を出ようとしたときに、自動ドアの左右の盛り塩が目に入った。
木田さんに盛り塩に関しての深い知識がある訳ではない。だが、これは縁起の悪いものが入ってこないようにしているのだろうと、不意にそう思った。
だから、この盛り塩を崩せば、店にとっては〈不都合〉があるはずだ。
木田さんは負けた腹いせに、靴の先で左右の盛り塩をぐいぐいと踏みにじった。
帰宅して夜になっても店への怒りは治まらなかった。だが、くさくさしていたからと言って負け分を取り戻せる訳でもない。そのまま布団に横になってふて寝することにした。
寝てからどれくらい経ったか分からない。気付くと口の中に違和感があった。
木田さんは目を覚ました。最初に気付いたのは粘膜に沁みる痛みだった。唇と歯茎との間に何か細かくて固いものが詰まっていた。砂か。いや、塩辛い。塩? 塩だ。
慌てて起き上がると洗面所まで走っていき、口中のものを吐き出した。吐き出されたものは、血混じりのピンク色の唾液でどろりと融けた大量の塩だった。
コップに水を取り、口を漱ぐ。口の中が切れているのか、冷水が沁みた。
確かめてみると、歯茎が傷だらけで血が滲んでいる。
砂粒を歯茎と唇の間に詰めた状態でごしごし擦れば、そんな傷が付くだろう。
鏡の中の自分の姿も酷かった。顔にも寝間着にも塩がこびりついて白くなっていた。
布団に戻って確認すると、枕や布団にまで塩が散っていた。
――「盛り塩」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より
#ヒビカイ # 歯茎の日