【日々怪談】2021年2月13日の怖い話~嗤い鼠
嗤い鼠
桑田さんは専門学校時代に、友達の実家に遊びに行った。友達の出身地は散居村と呼ばれる集落形態で有名な地域だ。広い田んぼの中に防風林に囲われた一角があり、その内側に屋敷が建てられている。案内された屋敷は古くて立派な造りだった。
遊んでいると、思ったよりも時間が過ぎるのが早い。気付けばもう電車の時間だった。結局、友達に押し切られ、その日は屋敷に泊まることになった。
ご家族に歓待されて夕飯をごちそうになる。
夜十一時を過ぎ、桑田さんは客間に布団を敷いて友達と並んで寝ることになった。
客間は十畳以上ある部屋だが、襖で仕切られたその部屋には家財道具がまるでなかった。
屋敷自体が広いこともあり、ここではこれが普通なのかと気にせず床に就いた。
旅の疲れもあったのだろう。すぐに意識が落ちた。
ふと桑田さんは夜中に人の声で目が覚めた。大勢の声が桑田さんのことを話している。
この家には、友達のご両親とお兄さんしか住んでいないはずだ。明らかに人数が多い。
薄目を開けて声のするほうを見ると、拳よりも一回り大きいぐらいの丸いものが、部屋の隅に沿って一列にずらりと並んでいた。ネズミか何かだろうか。
目が闇に慣れると、それには、尻尾だけではなく手足すらないのが分かった。丸い毛玉だ。毛玉が人の声で会話していた。
暫くすると毛玉は会話を終え、部屋の隅に集まって柱を垂直に上り始めた。
天井に穴はないが、毛玉は柱と天井の角に吸い込まれるように次々に消えていく。
全てが天井に吸い込まれるかと思われたそのとき、その最後の一匹が振り返った。
毛玉には目に当たる物もなかった。薄目で見ていると、その表面が割れて、ぱっくりと口が開いた。半月形に開いた口の中に、白い、人間の歯のようなものがあった。
「お前、見えとるか?」
はっきりとした人間の言葉だった。桑原さんはそれに答えず、寝ている振りをした。
するとその毛玉は、人を小馬鹿にするように嗤い、
「お前は要らん」
と言って天井の角に消えた。
その後も、暫く天井裏から小声で桑原さんを値踏みする声が続いた。
桑原さんは、自分が一方的に値踏みされていることにカチンと来て声を上げた。
「ほっとけ! こっちからお断りだ!」
すると声がぴたりと止み、天井を揺するような大笑いが響いた。家全体が揺れていた。
地震だ。桑原さんは上半身を起こし、隣で寝ているはずの友達を確認した。
どうも友達は意識があるようだった。だが目も開かず、声を掛けても返事もしない。
狸寝入りだ。顔を近付けてみると、瞼の下で目が動いている。不信感を抱いたが桑原さんは諦めて布団を被った。
翌朝、友達はそのことには一切触れなかった。
夜に地震があったかと桑原さんが訊いても、知らないという。
桑原さんは首を傾げたが、トイレに行く途中の廊下で偶然、友達のお母さんが、
「あんな気の強いの、そりゃ要らんわ」
とお兄さんに話すのを聞いた。その言葉に、家族全員が何かを隠していると確信した。
桑原さんは、朝食をいただいた後に逃げるようにその屋敷を出た。
何かを試されたようで気持ち悪く、それ以来友達とは疎遠になってしまった。
ただ、専門学校の卒業のときに、その友達から謝られた。
何か訳があったのなら聞いてあげれば良かったと、今では少し申し訳なく思っている。
――「嗤い鼠」神沼三平太『恐怖箱 百聞』より