【日々怪談】2021年2月19日の怖い話~ ラリアット
ラリアット
「聞いてくれよ! 一発喰らったんだよ!」
塾からの帰り道のこと。
根岸は、コンビニで買ったアイスを口にくわえ、自転車を立ち漕ぎしていた。
時間は夜の十時を回ったところ。
田舎の商店街は店じまいが早い。夜の八時を回れば次々にシャッターを下ろし、十時ともなればゴーストタウンのように人気がなくなってしまう。
無人の商店街を走り抜けようとしたところで、根岸の目前に腕が飛び出してきた。
突然の強烈な〈ラリアット〉を喰らった根岸は、美しく宙を舞い(本人談)、商店街の舗装タイルの上に背中から落ちた。
自転車はそのまま数メートルほど惰性で走った後、まとめてあったダンボールの束に突っ込んで倒れた。
数秒か、十数秒か呼吸が止まったと思う。
息ができないほど痛い。
咳き込みながらもようやく立ち上がる……と同時に猛然と怒りがこみ上げてきた。
「くっそ、誰だ!」
いたずらにしたってひどい。
一瞬の記憶を頼りに、腕が飛び出してきたところに駆け戻った。
殴り倒すか、そうでなければ一言文句を言いたい。
腕の主は、肉屋と靴屋の並びのところにいたはずだ。
が、そこに人影はなかった。
というより、店と店の間の隙間は十センチもなかった。
〈……人、入れねえじゃん〉
まあ、仮にそこに十センチ幅の人間が収まっていたんだとしよう。
〈……腕、届かねえじゃん〉
届くはずがない。根岸は商店街の真ん中を走っていたのだ。
「……それがさ。刺青が入った、やたら筋肉質な腕でさ。ハンセンみたいだったぜ。サポーターは付いてなかったけど」
――「ラリアット」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より