【日々怪談】2021年2月21日の怖い話~ 踏切鍛錬
【今日は何の日?】2月21日:日刊新聞創刊の日
踏切鍛錬
その踏切は、開かずの踏切として知られた場所だった。
そこで、菱津は動体視力を鍛えていた。
動体視力と言えば、卓球選手やボクサーなど素早い動きの競技に要求されるアレだ。
手っ取り早い鍛錬方法のうち、もっとも手軽なものと言えば踏切である。
「踏切で待ってると、電車がガーッと通るだろう。そのとき電車の中を見るんだよ」
遠くからやってくる電車に合わせて、車窓から車内を咄嗟に覗き見る。
そして、車内の乗客や車内吊りなどを凝視するのである。
ここの踏切は十数分に渡って閉まりっぱなし。というより、夕方ともなると開いている時間の方が少ない。イライラしながら待つよりは有意義に使ったほうがマシ、というわけだ。
「鍛えていくと、乗客が読んでる新聞の一面の見出しなんかが見えるようになる」
菱津は〈これでスロットの目押しも百発百中だぜ〉と息巻いた。
しばらくこの鍛錬を続けているうちに、菱津はいろいろなものが見えるようになった。
サラリーマン、持っている新聞、その後ろの車内吊り……。
そんなものは、いい。
一両目の窓いっぱいに、顔が広がっていた。
最初、車両全面に施された車体広告かと思った。
しかし、顔は車体のほうではなく車窓に映っている。
他の乗客の顔と比べても数倍以上ある。
確かに人の顔をしてはいる。しかし、でかい。
気のせいかと思った。
しかし、次に滑り込んできた急行の先頭車両にも、顔はあった。
場所が悪いのかと思った。
しかし、他の踏切でも同じだった。
そのうち、轟音を立てて通過していく車両を凝視していると、いつでも一両目の窓いっぱいに広がる大きな顔が見えるようになった。
「最初のうちは、ああ顔だなってくらいだったんだ。でも、最近は目鼻とか表情とか、そういう細かいのも見えるようになってきて……怖いんだよなあ、あれ」
見える顔の数そのものが増えてきた頃、菱津は鍛錬を止めた。
――「踏切鍛錬」加藤一『 禍禍―プチ怪談の詰め合わせ 』より