【日々怪談】2021年3月9日の怖い話~ 空き部屋
【今日は何の日?】3月9日:感謝の日
空き部屋
小沢君が大学生の時分に住んでいた木造の下宿アパートには、〈いわく〉のある空き部屋があった。
「開かずの間じゃあないんですよ。寧ろ開きっ放しの間」
各々の部屋には簡単な内鍵が付いているが、その部屋のドアには鍵がなかった。ドアを開けると、床に直置きされた小さなブラウン管のテレビ、カビた衣服の端がはみ出たダンボールが数個、丸い卓袱台の上にはボールペンとマジックが何本か差し込まれているマグカップがあることが確認できる。
小沢君の記憶では他にも色々置いてあったそうだが、細かくは覚えていないそうだ。
「いつから部屋がその状態なのかは誰も知らないんですよ。大家に事情を訊けば分かるんでしょうが、誰も訊かない、って言うかおっかなくて訊けないんですよ」
片付ければ空き部屋ができるのに、大家はそうしようとしない。何か事情があるに違いないと、誰もが思う展開だ。
「そりゃおっかないですよ。当時の住人、みーんな視てますしね」
夜、ガラガラと共同下宿の玄関、大きなガラス戸が開く音がする。
もしそのとき、階段の下にある共同の流し場に立っていようものなら、帰宅したものが下宿の住人ではないことにすぐ気が付く。
帰宅したものが二階へ向けて階段を上る。
そのとき、階段ですれ違ったならば、彼があの空き部屋へ向かうことは容易に分かる。
ギィと空き部屋のドアが開く音が鳴り、次にはバタンと閉まる音がする。
隣の部屋に住む小沢君にはそれがはっきりと聞こえる。
「男なんですけどね。伸びちゃった首が据わらなくてグラッグラなんですよ。帰ってくるってことは外で吊ったってことなんすかねぇ。おっかないけど」
住み心地がいい割に家賃が驚くほど安かったのは男のおかげだと、当時の住人は皆、男に感謝していたそうだ。
――「空き部屋」高田公太『 恐怖箱 百舌』より