【日々怪談】2021年4月16日の怖い話~ 劇場
【今日は何の日?】4月16日: チャップリンデー
劇場
島田がある映画を観に行ったときのことだ。
その映画は世間的に有名ではないものの、お気に入りの監督の作品だった。
平日昼間の劇場はガラ空きだった。上映前に劇場内をぐるりと一望したところ、自分の他に客は二人しかいない。貸し切りとまではいかないが、劇場は空いていれば空いているほど気分が良い。
上映が始まった。
――ゲホッゲホッ!
いつの間にか自分の真後ろの席に誰かが座っていることが、大きな咳払いから分かった。
こんなに空いているのに何も真後ろに座らなくてもいいじゃないか。頭が足りないのか。
鬱陶しいヤツだ。
島田は首を曲げて後ろの客をチラリと見た。まじまじと見た訳ではないのではっきりとは分からないが、座っているのが女であろうことは長く黒い髪から分かった。
――ゲホゲホッ……ゲホッ!
この女は間違いなく頭がおかしい。デリカシーが微塵も感じられない音量の咳払いだ。
ここは自分が動くが吉だな……。
島田さんは席を移動して、女の数列後ろの席に回った。
女の後頭部越しにスクリーンを観る。
――ゲホッ!
また咳払いが劇場に響いた。
しかも、真後ろから。
女が前の席に座っているのは見えているので分かる。
振り返ると、やはり髪の長い女が真後ろに座っていて、スクリーンに虚ろな目を向けている。どういうことかと前を向くと、前の女が首を思い切り曲げてこちらを見ていた。
前の女も、後ろの女も同じ顔をしていた。
立ち上がり、劇場から駆け出た。
――「 劇場」高田公太『恐怖箱 百眼』より