【日々怪談】2021年4月27日の怖い話~窓越し
【今日は何の日?】4月27日: 悪妻の日
窓越し
真夜中にタバコを切らしてしまった。
自販機はもう動いていないから、駅前のコンビニまで行かなければならない。
相沢は財布を持って部屋を出た。
真夜中の散歩は、実は嫌いなほうじゃない。人気のない静まりかえった街をとぼとぼ歩くのは、昼間と違った雰囲気でそれはそれで楽しい。
最近ミニ開発でできたばかりの住宅街に差しかかったところで、怒声が聞こえてきた。
「むわっ!」
と、そう聞こえた。
喧嘩か? それともテレビの音?
驚いて辺りを見回した。野次馬の血が、少し騒いだ。
怒声は手近な塀の向こう側にある一軒家から聞こえている。どうやら夫婦喧嘩をしているらしい。
薄いレースのカーテン越しに室内の様子がわかる。
妻とおぼしき女が、夫らしき男に向かって皿を投げている。
〈マンガみてえな夫婦喧嘩だな……〉
皿のうちの何枚かは夫の脇を逸れて窓にぶち当たって砕けていた。
塀越しに食い入るようにそれを見ていると、先客がいることに気づいた。
窓の外に人影がある。塀越しの相沢に比べたら、窓に貼り付くほど近い。
後ろ姿からすると、どうやら相沢と同じく夫婦喧嘩を覗き見する同輩らしい。
〈しかし……あんなに窓に近いところにいたら巻き添え食うんじゃないのか?〉
妻が皿より頑丈なものを投げ始めたら、窓を突き破ってガラスを被りそうだ。
無用の心配をしはじめたところ、その人影は相沢のほうにくるりと振り返った。
顔がなかった。
いや、顔のあるべき部分に穴が開いていた。
穴の向こうに、相変わらず喧嘩を続ける夫婦が見える。
顔の向こうに窓が透けて見えているのだ。
そして、闇の中に溶けるように人影は消えてしまった。
腰が抜けそうだ。
もう、タバコはどうでもよくなった。
――「窓越し」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より
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