【日々怪談】2021年5月12日の怖い話~入院中の話
【今日は何の日?】5月12日:看護の日
入院中の話
美由紀さんが小さい頃、交通事故で右足首を骨折し、数カ月入院していたことがある。
専業主婦だった母がほぼ毎日病院に来てくれていたので寂しいことはなかった。
しかし、動きたい盛りだった美由紀さんは、暇ができるとすぐ身体を持て余してしまい、退屈を感じることが多かった。
そんな美由紀さんに車椅子をあてがわれたのは、入院から二カ月程が経過してからのことだった。
その頃にはベッドの傍らに置いた車椅子に、一人で乗れるまでに怪我は回復しており、巧く車輪を漕いで、大きなテレビの置いてある娯楽室に行ったり、エレベーターに乗って一階の売店に行くのも思いのままとなっていた。
そして、こんなことがあった。
美由紀さんは一階の売店に降りようと、エレベーターを待っていた。
エレベーターのドアが開くと、まだ車輪に手が触れる前に車椅子が勝手に前に進みだした。
看護師か、あるいは誰か親切な人が車椅子を押してくれているのかと後ろを見たが、誰もいない。
滑らかに車椅子は進み、エレベーターに乗り込む。
美由紀さんは、ここからの記憶がまるで夢の中のようだったという。
エレベーターは下に降りずに上に向かった。
最上階まで上がり切るとドアが開き、車椅子はエレベーターから降りた。
廊下を進んだ先には階段があった。車椅子は階段をスロープを通るかのようにスーッと上がっていた。
そして、屋上に辿り着いた。
屋上にはシーツや寝間着などの洗濯物が干されており、それらが強い風で揺れていた。
車椅子は洗濯竿に近付くと動きを止めた。
何かの用事で屋上にやってきた看護師が見つけるまで、美由紀さんの乗った車椅子は屋上に放置された格好となった。
――「入院中の話」高田公太『恐怖箱 百眼』より
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