【日々怪談】2021年6月6日の怖い話~蝦蟇
【今日は何の日?】6月6日:かえるの日
蝦蟇
圭子さんがまだ小学校低学年の頃の話である。
圭子さんの祖母の家の周囲は田んぼに囲まれており、初夏の頃には夜になると蛙の合唱が耳に痛いほどだった。
そんな中で育った圭子さんは蛙を捕まえて遊ぶのが好きだった。
おもちゃのアクセサリーの入っていた透明のプラスチックケースを虫かご代わりにして、捕まえた蛙を入れておくのだ。
圭子さんはその日も蛙を捕まえて遊んでいたが、夕方ケースを確認すると、ほとんどの蛙が弱々しい動きをしていた。それを見て圭子さんは蛙達を田んぼの畦に放した。
さぁ今日はもう帰ろうと畦を振り返ると、圭子さんを遮るように今までに見たことのないほど大きな蝦蟇が座り込んでいた。
今日はこの蝦蟇を捕まえて終わりにしよう。
だが、捕まえようとすると蝦蟇は畦を逃げていく。その動きが蝦蟇の癖に妙に素早かった。畦を離れ、水路に沿うようにして、どんどん山のほうに跳ねていく。
追いかけていくと近くの沼に辿り着いた。水面には蓮の花が咲いていた。両親からは危ないから行っちゃ駄目と言われていた沼だった。
それに気付いて圭子さんは躊躇した。
不意に蝦蟇の動きが止まった。誘うように泥の上に蹲っている。
この好機を逃がすまいと、圭子さんは沼に足を踏み入れた。靴が泥に沈む。
そのとき、蝦蟇がこちらに向き合うように振り返った。
捕まえようと蝦蟇のほうに手を伸ばすと、右足が急に泥の中に引きずり込まれた。
蝦蟇には手が届く距離だったが、それどころではなかった。右足がどんどん沈んでいく。
泥の中で足首を掴まれているように、ぐいぐいと下に引く力が掛かった。
身動きが取れない。このまま沼に引きずり込まれるのではないかと恐ろしくなった。
すると、蓮の花の間から、ピョンピョンと何匹ものアマガエルが飛び出してきた。
草の合間からも、ぞろぞろと小さな蛙が這い出してきた。
蝦蟇はまだ動かない。
乱舞する蛙達に囲まれて、圭子さんは慌てふためいた。
そのとき蝦蟇と目が合った。
吸い寄せられるかのように、その瞳から目が離せなくなった。
あ、これは怒ってるんだ。
蛙をいじめたから怒ってるんだ!
そう気付くと、自分のやったことが凄く悪いことに思えてきた。
「ごめんなさい!」
大声で謝った。
「許してください! もうしません!」
何度も繰り返した。
蝦蟇はその言葉を聞くと、パチパチと瞬いた。そして、泥の上からのそのそと草むらの中へ姿を消した。
蝦蟇の姿が見えなくなり、右足が急に軽くなった。
気付くと、小さな蛙達の乱舞も終わっていた。辺りは真っ暗になっていた。
だが、普段なら耳に痛いほど響く蛙の合唱は全く聞こえなかった。
圭子さんは泥から足を引き抜き、急いで家に帰った。
膝下まで泥だらけにしたことで、母親からも大いに叱られた。
それ以来、圭子さんは蛙を捕まえるのを止めた。
――「 蝦蟇」神沼三平太『恐怖箱 百聞』より