【日々怪談】2021年6月17日の怖い話~エレベーター
【今日は何の日?】6月17日:安全の日
エレベーター
五階建てマンションの建設途中の話。
マンションの躯体を建てるためにはまず地面を整地する必要がある。工程のために穴を掘っていると骨が出てきた。
「監督! 監督!」
確認するとバラバラになった骨が何体分か散らばっていた。詳しく確認すると、五体分の頭蓋骨が発見できた。
骨が出ると当然役所のほうに連絡をしなくてはならない。
「面倒臭ぇなぁ。古い骨だよなこれ。お前らもうちょっと深く穴掘って埋めちまえ!」
現場監督が言った。仕事が中断すると日払いの職人には給料も出ない。
「このカルシウムか、仕事中断か選べ!」
作業員も現場監督にそう言われては従わざるをえない。渋々ながらコンクリートを流し、基礎を作った。
その場所はエレベーターシャフトになる予定であった。
それから工事は順調に進み、エレベーターシャフトも完成した。まだ躯体はスケルトン状態だが、後はゴンドラを入れて内装に移るだけである。
現場では職人が工具を落とすという小さな事故もちょくちょく続いたが、現場監督の性格もあってかそれらの細かい〈不都合〉については外には漏れなかった。
ゴンドラを設置する直前に最初の大きな事故が起きた。
一階に職人が集まっているときに、一人の中年の職人が思い出したように言った。
「しまった。俺、三階に工具を置いてきたわ」
「あ、俺も行くんで、一緒に取ってきますよ」
若い作業員がそう言うので、ついでによろしくと任せた。しかし、暫く経っても帰ってこない。
「あれ、あいつまだ帰ってこないのか?」
話をしていると、突然米袋を地面に叩き付けるような、バーンという大きな音がした。
先程の作業員だった。コンクリート剥き出しのエレベーターシャフトの床に、頭から突っ込むようにして落ちた。エレベーターシャフトの底には脳と血が飛び散った。即死だった。
その事故から暫く経ち、工事は内装業者が入る工程に移った。
年配の内装業者が昼飯を摂った後に、休憩に入った。
一寝入りしようと、その年配の作業員は、腕で目の上を覆うようにして寝ていた。
だが横になっている間に、そのままずるずる引っ張られるようにして床を滑っていく。
「おっさん! 何処行くんだよ!」
「うわっ 何だこれ! 助けてくれ!」
起き上がろうとするが、どんどんエレベーターシャフトの方向に引きずられていく。結局、ぽっかりと口の開いたエレベーターシャフトに足から引っ張り込まれ、地階に相当するコンクリートの床に墜落した。幸い命は取り留めたが、腰の骨を砕いてしまった。
最後の被害者はエレベーターの設置業者だった。ゴンドラを設置するために最上階の天井部分で作業をしていたが、ワイヤーを取り付ける作業の途中でバランスを崩して転落した。
安全帯を着けていたはずだが、何故か安全帯が外れており、最上階から地階にまで一直線に落ちた。その作業員も血袋が弾けたような姿になって即死した。
他にも作業員がその穴に落ちそうになる事故未満の騒動が連日のように続いた。足場を踏み外す、工具を落とすなどの不慮の事故も多く発生した。
余りにも事故が多いため、エレベーター工事は断念することになった。
結局、エレベーターの昇降口はコンクリートで塞がれ、エレベーターシャフトはそのまま残されて、中が空洞の柱になった。
マンションが売りに出されたときには予定よりも販売価格を安くせざるを得なかった。
暫くすると、そのマンションの住人が噂を流し始めた。
マンションにはエレベーターがないため、フロアを上下するには階段を使うことになる。
ただ、夜になって階段を歩いていると、壁の内側を叩く音が自分の横を着いてくるのだという。
「怖いから夜は階段使えないよ」
気持ち悪がった住人の間には、幽霊が出るという噂も流れた。
その噂も背中を押したのか、マンションから出て行く住人も増えてきた。そうなると空き部屋が多くなる。空き部屋の多いマンションには人が寄り付かない。悪循環である。
結局十年ほど経って不動産屋が維持していられなくなった。
そこでこれ以上経費を掛けないために、マンションを解体することになった。
解体業者がエレベーターシャフトの壁を崩したところ、シャフトの内側は真っ赤なペンキをぶちまけられたように赤く染まっていた。
その赤い痕は、血染めの手形が大量に重なってできたものだった。
マンションのあった土地は、今はもう更地になっている。
だが、未だにその土地が再利用される様子はない。
――「 エレベーター」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より