【日々怪談】2021年6月20日の怖い話~銘
【今日は何の日?】6月20日:父の日
銘
亮子さんのお父さんが亡くなった年の話である。
亮子さんは母親を早くに亡くしている。それ以来、男手一つで亮子さんを育ててくれた、最愛の父親であった。
葬儀から半年が経ち、亮子さんは父親の入るお墓を契約しに行った。
自宅から歩いて行こうと思えば行ける距離にある、父親の好きだった丘の一角にある公園墓地だ。
その契約が済んだ、帰り途でのことである。
大変暑い午後だった。アスファルトの照り返しで、肌が焦げるようだった。歩いていると首筋を汗が止めどなく伝っていく。
突然、亮子さんの胸に激しい痛みが走った。痛みに立っていられず、道端で胸を押さえて座り込んでしまった。歯を食いしばり、激しい痛みに耐えた。
少し経つと、痛みは波が引くように消えた。恐る恐る息を吸い、ゆっくりと深く吐き出した。
大丈夫だ。また痛むようなら病院に行こう。
不安を抱えながら家に戻った。
不安は的中した。それから日に何度か胸の奥が痛むようになった。心臓の部位である。
それも前触れもなく痛み始める。長く痛む訳ではないが、痛みは強かった。
痛みに耐えている間中、息を吐くこともできない。脂汗を額に滲ませ、歯を食いしばって波が過ぎるのを待つだけだ。椅子に座っていても気が付けば踵が浮き、爪先だけで支えた足がカタカタと震える程の痛みであった。
医者に行って診断も受けた。しかし医者は首を捻った。何処にも悪いところがなかったからである。
亮子さんの日常生活に支障が出始めた。仕事中に痛み出すと、周りに迷惑が掛かる。それを気にして仕事も休みがちになった。
家では家事をする訳でもなく、ただベッドに横になり、偶に押し寄せる痛みに耐えるだけの日々だった。その頃には、いつでも薄い痛みが心臓に張り付いていた。
ベッドからは仏壇が見える。骨箱覆いを被った骨壺と、両親の位牌があった。
――お父さん、あたしこれからどうしよう
涙がぼろぼろと溢れた。
暫くしてお墓が完成したという知らせが来た。
亮子さんは、何故か今すぐお墓に行かなきゃという気持ちに急かされ、タクシーを呼んだ。業者にも連絡し、急いで公園墓地を訪ねた。
完成したばかりのお墓を見て、亮子さんは絶句した。
業者の手違いで、石に刻まれた父の戒名の文字が間違っていた。
その文字を確認した瞬間、心臓の辺りで蟠っていた痛みは綺麗に消えた。
以来、あれほど酷かった痛みは一度も出ていない。
――「 銘」神沼三平太『恐怖箱 百聞』より