【日々怪談】2021年6月22日の怖い話~蟹
【今日は何の日?】6月22日:かにの日
蟹
とある女子大前の歩道での話。
その歩道は、授業前後には大学に苦情が来るほどに女子大生で混む。校門から最初の交差点までみっしりと女子大生が並んで信号待ちする姿はある意味圧巻である。
檜山さんはその人波に揉まれるのが嫌なので、いつも道路を挟んで反対側の歩道を歩くことにしている。
ある日、歩きながら向かいの歩道を何とはなしに見ていると、信号待ちの女子大生の壁に向かって、一人の老人が後ろからひょこひょこと歩いていくのが見えた。女子大生の多くと同じ程度の身長だ。信号待ちの最前列に躍り出たいという気持ちからなのだろうが、物理的に人を越えていける訳がない。しかも若い女性達全員が退くとも思えない。
無茶な爺さんだなと思って道路越しに見ていると、老人は上半身を左右に揺らしながら一定速度で前へ前へと進んでいく。
ガードレールが切れた所で男性の脚が見えた。
老人の下半身からは四対八本の細い足が生えていた。それを大きく左右に広げ、膝から垂直に臑を下ろし、つま先立ちで移動していた。
まるで蟹だ。蟹の上に人間の上半身が生えていた。蟹老人は前へ前へと急いでいる。
女子大生にぶつかると、女子大生と位置が入れ替わる。ぶつからないというよりは、テレポーテーションのようにして移動している。
とうとう蟹老人は女子大生の壁の真後ろに迫った。
そのとき、老人は天を仰ぐように両手を高く大きく広げ、全ての足も大きく左右に広げた。そして二本の足を伸ばしてすっくと垂直に立ち上がった。大きい。二メートル以上ある。
蟹老人は何を思ったか、そのまま信号待ちでごった返す女子大生の上に、両手を広げたまま飛び込んだ。飛び込んだ瞬間に姿が見えなくなった。
檜山さんはわざわざ信号を渡り、老人の突っ込んだ辺りを確かめた。
しかし女子大生に奇異な目で見られるだけだった。
ただ、数人の女子大生のグループが、周囲の臭いを嗅ぎながらげらげら笑っていた。
「蟹臭くない!?」
「蟹だよね、これ絶対蟹!」
「あー、蟹食べたくなったー」
檜山さんには自動車の排ガスの臭いがするだけで、蟹の臭いなど全く届かなかった。
――「蟹」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より