【日々怪談】2021年7月13日の怖い話~箒木

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【今日は何の日?】7月13日:オカルト記念日

箒木

 中国での話である。あるとき、広東に住む櫓さんのお父さんが亡くなった。もう歳も歳なので、悲しくはあったが家族も淡々と葬式を出す準備を行った。
 近くに住む親戚も十五人ほど集まった。二階の大広間に棺を置き、それを囲うように席を設けた。親戚の男性同士でお酒を飲みながら故人の思い出話に花を咲かせていた。女性は階下で料理をしていた。
 突然、バーンと大きな音が轟いた。続いてガタンガタンと重いものが転がる音がした。
 部屋にいる男達が音のほうに顔を向けると、棺の蓋が開いている。その中央に櫓さんのお父さんがすっくと立っていた。生き返った訳ではないのは、その顔を見れば分かる。生気のない顔、強張った身体。彼はぎこちない仕草で部屋の中を歩き始めた。
 ひとしきり歩き回ると、立ち止まって一人一人の親戚の顔を舐めるように見回す。
 突然のことで、誰も声すら発することができなかった。
 悪霊が身体に入って動き回る現象を広東語でキョンシーという。北京ではチャンシーという発音になる。中国では伝統的な妖怪の一種である。
 キョンシーだと認識しても、宴席の全員が身動きを取ろうとしなかった。逃げようとすると、キョンシーはその者を追いかけるという性質があると言われているからだ。
 全員が席に着いたままお互い目配せをしている。動けないのは誰も一緒だ。困っていると、その周りを櫓さんのお父さんはぐるぐると歩き回り、また立ち止まっては顔を見回す。
 それを何度か繰り返した。
 暫くその状態が続いたが、突然静かになったのが気になったのだろう。階下で料理をしていたお婆さんが階段を上がってきた。
 ドアを開けると、そこには動き回るご遺体と、椅子で身動きの取れなくなっている男達の姿。それを見て、お婆さんは「アイヤー!」と驚いた叫び声を上げた。
 お婆さんは叫び声上げながら一目散に駆け出した。階段を駆け下りていく姿を見て、櫓さんのお父さんのキョンシーも、お婆さんの後を転がるようにして追いかけていった。
 男達は腰が抜けたように動けなかったが、一階の台所から聞こえるお婆さんの叫び声で我に返ると、慌てて階段を駆け下りた。
 見ると櫓さんのお父さんが倒れていた。お婆さんは箒を持って肩で息をしている。
「早くお父さんを担いでいきなさい。あたし達じゃ力がなくて無理だから」
「大丈夫なんですか?」
 口々に問う親戚の男達に、お婆さんは言った。
「あんた達、箒木も持たずによく葬式に来られたものだね! 呆れたもんだよ!」
 お婆さんによれば、死体に入り込んで動かしている悪霊は、昔から箒木という植物に弱いと言われている。死体がキョンシーになったらその身体を箒木で叩くと悪霊が抜けるのだ。だから葬儀のときには箒木を準備するのは常識だとお婆さんは言った。
 お婆さんは古くからの言い伝えの通り、葬式のために箒木を厨房に持ち込んでいた。今回はそれが幸いしたのだ。
 男達はお婆さんに言われるまま櫓さんのお父さんを棺に戻し、今度はしっかりと蓋に釘を打った。それ以降、葬儀が終わるまで再びキョンシーになることはなく、無事埋葬されたという。

――「 箒木 」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より

#ヒビカイ #オカルト記念日

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