【日々怪談】2021年6月28日の怖い話~上手な絵
【今日は何の日?】6月28日:JAZZりんごの日
上手な絵
「うちの母ちゃん、ちょっと面白いよ」
トオルの母、フネさんが絵画教室に通い始めた。
フネさんは齢六十を過ぎた頃から痴呆とまではいかにものの、まだらに記憶をなくすことが多くなり、頭の体操のためと絵画を始めたのである。
教室でやることは殆どがデッサンで、りんごや、花の類を鉛筆描きし、生徒の周りをウロウロする先生があーでもないこーでもないと指導するそうだ。
「ねえ見てよ。これ褒められたのよ」
フネさんは一枚の絵を誇らしげにトオルに見せた。
「おおー。上手いじゃんか。上達したねー」
それは一軒の家を真正面から捉えた絵だった。細かい線が見事に陰影と遠近感を表現している。素人目にもプロのそれに近く思える。母の意外な才能に、トオルは素直に賞賛の意を表した。
「これ、飾っとこうよ。ほんと上手いよ」
「それがねえ。これには曰くがあってねぇ――」
フネさんはさも面白そうに笑った。
「――この日、女の人がモデルだったのよぉ。それがね。なーんかモデルの人よりももっとはっきり見えるモノがあってね。そっちを描いちゃったのよ」
「意味分かんないよ。どういうこと?」
「あたしも分かんないけど、できあがった絵をモデルさんに見せたらね。これ、モデルさんの家なんだって」
分かんないけど。と言われても……という話だ。
――「上手な絵」高田公太『恐怖箱 百眼』より