【日々怪談】2021年7月7日の怖い話~川
【今日は何の日?】7月7日:川の日
川
順番に話をしていくうちに、水野の番が回ってきた。
「んじゃ、俺の番ね。えーと、怖い話か。
俺、夜の川が怖いんだよね。昼間はいいんだよ、昼間は。
でもさ、夜の川ってなんていうか不気味なんだな。
子供の頃にさあ、親戚んところ行った帰りだったかな。歩いて行って、帰って、近所の川幅はあるんだけどなんてことのない普通の川を渡ってた。
弟がまだ小さい頃で、親父に背負われて寝ちゃっててさ。
俺だけ橋の真ん中までダダダって走って、親が追いついてくんのを待ってたわけ。
で、橋の真ん中辺りから川を見てたんだよ。
橋の上にはちっちゃい街灯みたいなのがあったんだけど、川まで距離があるしさ。全然光なんか届いてない……はずなんだけど、不思議と川面のうねりが見えるんだな。
で、そのうねりをじーっと見てたら、それがだんだん顔に見えてくる。
まあ、想像力豊かな子供のことだからな。あるだろ? 雲が顔に見えたり、天井の木目が顔に見えたりって、そういうの。
そういうもんかと思ってジッと見てたんだ。うねりの顔を。
でも、そのうち不思議だなと思って。いや、うねりだったらもっと動くだろう。顔に見えてもそれは一瞬、みたいな感じでさ。
それが、全然場所が動かないんだ。
しかも、顔の表情も全然変わらない。
そのうち、うちの親が追いついてきてさ。〈何見てんだ〉って言うから、川面の顔を指さしたんだ。〈父ちゃん、母ちゃん、あれ! あそこに顔が見えよる!〉って。
そしたらさあ、うちのお袋がすんごい剣幕で怒ってさ。
俺の腕引っ張って、すげえ勢いで橋の残り半分渡って。腕抜けるかと思った。
渡りきってから言ったんだ。
〈あれは指をさしてはいけません!〉
そう言うお袋と親父の顔が、鬼みてえに怖い顔んなってて。お袋にも親父にも見えてたんだろうな。あれ。なんていうか、俺には女の顔に見えたんだよな。川いっぱいにびろーんて広がるほどの。無表情で怖かった。
夜の川は未だに怖いな。なんか見えたらいやだしな」
――「川」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より