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服部義史の北の闇から~第6話 靴~

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  飲食店で働いている原田さんは、出勤前に違和感を覚えた。
 いつも履いているスニーカーが、どこか違う物に思えたのである。
 グレーを基調にしたとあるメーカーの物なのだが、手に取りまじまじと見ても何が違うのかが分からない。
 元々、大雑把な性格である為、細かいデザインなどまでは記憶してはいなかった。

(勘違いか……)

  気を取り直し、靴を履く。
 その瞬間、ゾクリとした寒気が彼の背筋を伝う。
 反射的に背後を振り返るが、異変は見当たらない。

「何やってんだ、俺」

 原田さんは自家用車に乗り込み、職場へと向かった。

 国道を走るが、その日はやたらと赤信号に捕まった。
 余裕を持って出掛けている為、遅刻の心配はないが、多少の苛つきを覚える。

「何だよ、これ」

 ぽつりと独り言を漏らしたとき、背後からスキール音が響く。
 その直後、衝撃とともに原田さんの身体はハンドルに叩きつけられた。

「いってぇ……」

 何が起きたのかは瞬時に理解できた。
 ルームミラーを確認すると、衝突してきた車の運転手は固まったように動こうとはしない。
 ハザードランプを点滅させて、車から降りる。

「女かよ」

 相手を確認し、車に近づくが、年配の女性はハンドルを握りしめたままフリーズしていた。
 原田さんは運転席側の窓を叩き、声を掛ける。

「ちょっと、おばちゃん。一回降りて頂戴よ」

 その声で我に返ったように女性は、慌てて車から降りてきた。

「あ、あの、すみません。ごめんなさい」

 必死に謝ってくることから、原田さんの怒りは徐々に静まりつつあった。
 愛車の後部を確認すると、トランクまでひしゃげ、そのまま走行するのは困難に思えた。

「ちょっと職場に連絡しないといけないから、アンタの方で警察を呼んでよ」

 遠巻きに野次馬も集まりつつあり、気恥ずかしい思いをしながら職場に電話を掛ける。
 事情を説明すると、上司からは念の為に病院へ行くことを勧められた。

(めんどくさいなぁ)

 多少、首の付近は痛いような気もするが、車が使えない以上、移動がとても面倒に思えた。

(ついてねぇわ)

 警察が到着するまでの間、彼は車の中で待つことにした。

 少しするとパトカーの姿が見えた。
 警察官に促されるまま、事情徴収が始まる。

「特に怪我とか具合の悪いことはない?」
「あー、ちょっと首が痛いくらいで問題はないです」
「じゃあ、どんな感じで事故が起きたのか、説明してくれる?」

 車の脇に立ち、状況を説明していると、突然、警察官が声を荒らげた。

「き、君、怪我をしているじゃないか!」

 警察官の視線の先にある足元を見ると、右のスニーカーが真っ赤に染まっていた。
 靴で吸収しきれなかった血は、アスファルトに染みを作り始めていた。

(え? マジで?)

 特に痛みがある訳ではないが、原田さんはパニックを起こす。
 程なく手配された救急車に乗り、病院へと搬送された。

「で、これが意味が分かんないんです」

 搬送される途中で救急隊員により、彼の靴は脱がされ、出血の場所が調べられた。
 ところがどこにもそれらしい場所は見つからなかった。
 そうこうしている内に病院へ到着し、検査は病院側へ委ねられた。

「病院での診断は頚椎捻挫だけでした」

 問題のあったはずの足元からの出血はなかったと判断されたのだ。
 原因不明の何かが、血のように見えたのだろう。
 そう結論付けられた。

「あー、ほら、この話をすると調子悪くなるんですよ」

 それ以来あの事故を思い出すようなことをすると、右足首に重苦しいような痛みが走るという。
 原田さんは目の前で足首をグリグリと回すような仕草をみせる。
 ズボンの裾とローソックスの間で露わになった足首には、三センチ程の蚯蚓腫れが浮かび上がっていた。
 その傷跡は赤々としていて非常に痛そうに見えたので、つい聞いてしまう。

「大丈夫なんですか? その傷?」
「あー、すぐ消えると思うから。いつもそうだから」

 そう遣り取りをしている内に、確かにその傷は跡形もなく消えてしまった。

「どういう意味があるんだと思う?」

 そう話す原田さんの目は真剣で、何かの回答を期待しているようにも思えた。



著者プロフィール

服部義史 Yoshifumi Hattori

北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。

★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は8/14(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

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