竹書房怪談文庫 > 怪談NEWS > 連載怪談(完結) > 北の闇から(服部義史) > 服部義史の北の闇から~第10話 気がかり~

服部義史の北の闇から~第10話 気がかり~

Pocket

 ある年の夏、谷川さんの父親が亡くなった。
 九十七歳という年齢だったので、前もって心の準備はできていたところがある。
 葬儀と納骨まで、滞りなく行われた。
 数年前に母親は他界している為、それ以降は一軒家に一人で暮らす生活が始まる。
 別に何も変わらない生活。
 いや、晩年は父親の介護をしていたことを考えると、身体は楽になった反面、どこか心にぽっかりと穴が開いたような日々を送る。
 テレビを見ていてもつまらなく、時間を潰せない。
 食事の支度すら、父親がいないのであれば大変面倒なものに思えてしまう。
(あれ程、自由な時間が欲しいって思ってたのにねぇ……)
 満足な食事を摂らない谷川さんはどんどん痩せていった。

 ある日のこと。
 買い物から帰宅すると、冷蔵庫の前に食材が散乱していた。
 一瞬、泥棒を疑うも、すぐにその考えは消え失せる。
 視線の先に立っている男がいたのだ。
「と、父さん……?」
 生きていると思える色彩で黙って動こうとはしない。
 ただ、その父親の姿は四十代位のもので、晩年の記憶とは程遠いものがあった。
「え? どうしたの? 成仏できていないの?」
 その呼び掛けには答えることなく、掻き消すように姿を消した。
 ――今見たものは自分の見間違いだろうか?
 いや、それならば、このばら撒かれたような食材は何だというのか?

 晩年の父親は若干の痴呆を患っていた。
 食べることに対して執着があったのか、冷蔵庫の中を荒らし、食品にそのまま齧り付くことも多くあった。
(何か食べたいって訴えてるのだろうか?)
 そう考えた谷川さんは、その日から父親用の食事を作り、仏前に供えるようになった。
 しかし、目を離した隙に冷蔵庫を荒らされる状況は変わることもなく、供えた食事もいつの間にか器ごと引っ繰り返されている。
(満足できていないということだろうか?)
 味を変え、品を変えてと三食調理をする日々が続いた。
 現象が収まらないまま一週間ほど過ぎた頃、ふと気が付く。
(あのとき現れた姿が四十代ということは、介護食じゃなくて、普通の食事が食べたいということじゃなかろうか?)
 肉をメインに野菜や魚で定食みたいな食事を作った。
 それ以降、供えた食事が引っ繰り返されることはなくなったが、冷蔵庫を荒らされることは続いた。
(まだ何かが足りないんだ)
 そう思った谷川さんは父の為にと調理を続ける。

 それから一カ月が過ぎた頃、谷川さんが冷蔵庫から食材を出しているときに、父親は現れた。
 やはり四十代位の姿で、突然谷川さんの横に立っていた。
「ねぇ、父さん。何が食べたいの? 言ってくれなきゃわかんないよ」
 恐怖など一切感じることもなく、父親の望みを訊ねる。
 しかし父親は、谷川さんの姿には目もくれず、冷蔵庫の中の物を引っぺがすように床に投げ捨て続けた。
「ちょっと、止めて! 止めてって!」
 父親の暴挙を押さえつけようとするが、彼女の手は父親の身体を擦り抜ける。
「もう、止めてってーー!!」
 悲痛な叫びは父親の耳に届いたのか、また掻き消すように姿を消した。
 それを境に、冷蔵庫が荒らされたり、父親が現れることはなくなった。

「時間が経った今だから思うんですけど……」
 父親の為に普通の食事を作るようになってからは、勿体ないので谷川さんも同じ食事を摂っていた。
 そのお陰で、痩せていた身体が徐々に元通りになっていった。
 食事の栄養バランスも考えたし、いつ冷蔵庫が荒らされるのかと考えると、ある意味では張りのある生活を送っていた。
「これって都合良過ぎる考えですかねぇ?」
 そう笑って話す谷川さんの顔は、健康そのものに見えた。

著者プロフィール

服部義史 Yoshifumi Hattori

北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。

★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は10/9(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

恐怖実話 北怪道

蝦夷忌譚 北怪導


 

この記事が気に入ったら
フォローをお願いいたします。
怪談の最新情報をお届けします。

この記事のシェアはこちらから


関連記事

ページトップ