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服部義史の北の闇から~第12話 支え~

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 今年の夏休み、速水さんは帰省を諦めた。
 理由としてはコロナ渦の中、田舎に顔を出すことは実家の方でどのような弊害が生まれるのか想像ができないからだという。
 年老いた両親の田舎での立場、万が一の健康被害とどうしても不安が付き纏う。
 仕方がないと実家に電話を掛けて、「墓参りだけ、俺の分まで頼むな」と告げた。
 そうしているうちに夏休み期間へ入る。
 いつもならば実家でダラダラと過ごしているのだが、札幌のアパートでは何をしていいのか分からない。
 普段じゃしないような場所の掃除をしたり、少し手の込んだ料理を作ったりして時間を潰した。
 夜、晩酌をしているとふと気が付く。
(あ、今日からお盆か……)


 彼の家には亡き祖父母の写真が飾られていた。
 その前に立ち、そっと手を合わせる。
「今年はすみませんが、こんな形で許してください」
 ふう、と溜息を吐き、祖父母の写真を眺める。
 幼少期の頃が思い出され、少しだけ温かい気持ちになれた。
「しっかし、こんな時代が来るとはねぇ。ジッちゃん、バッちゃん、生きるのが大変な時代になったわ……」
 コロナの影響で彼の給与も著しく下がった。
 それでも会社に倒産されるよりはマシだと、社員の全員がそれを受け入れた。
 これまでとは違い、節約生活を余儀なくされる。
 食費を抑える為に安いスーパーを転々としたいのだが、必要以上に人との接触は避けたい。心の中には常にジレンマが付き纏っていた。
 色々と考えないようにはしていたが、つい零れた愚痴が気持ちを暗くさせる。
「って言っててもしょーがないよな。パッと飲み直すか」
 その日はいつもより酒が進んだ。
 そして深い眠りに就いた。

 どれくらい寝ていたのだろうか。
 速水さんは自分の涙で目が覚めた。
 夢を見ていたことは覚えている。
 現在の姿の自分の前に、祖父母が立っていた。
 それを俯瞰の状態で見ていた。
 その周囲は濃い霧のような靄に包まれ、三人の姿だけがはっきりと浮かび上がっていた。
「辛いか? だけど負けんな。いつの時代も、みーんなそうやって踏ん張ってきたんだからな」
「頑張るんだよ。絶対に良くなっていくんだからね」
 祖父母の優しい言葉に、もう一人の自分は号泣している。
(分かってる。分かってるよ)
 そう思いながら目を覚ますと、頬を伝い落ちた大量の涙が枕を濡らしていた。
「ハハッ……」
 自嘲気味の笑いが漏れた。
 そんな意識は全くなかったのだが、どうやら自分は弱っていたらしい。
 救いを求めて、亡き祖父母に頼っていたのかと思うと、情けなく思えてきた。
(頑張ろう。うん……)
 気持ちを切り替えるようにして、速水さんは寝直した。

 翌朝、朝食の準備をしていると彼のスマホが鳴った。
 実家からの着信である。
「もしもし、どうしたの?」
「ああ、徹か。……いやな、なんつーかアレだ」
 父親は歯切れの悪い言葉を繰り返す。
「何? なんかあったの?」
「まあ、そのアレだ。そのー、……金はあるのか?」
「はい?」
 そんな言葉を父親から聞いたことなどは一度もない。
 理解できないまま、どういうことでそんなことを言い出したのかを問い詰める。
「まあ……。信じなくてもいいがな、昨日、父さんと母さんが出てな……」
 父親の話によると、就寝中に何かの気配を感じて目が覚めたという。
 上半身を起こすと、眼前で座る祖父母の姿があったという。
 夢を見ているんだ、と思っていると、祖父母が語り掛けてきた。
 ――少しは息子のことを考えろ。
 今の世の中を考えたら、金に困っていることぐらい分かるでしょ。
 俺が残した遺産をこういう時にこそ使え。

 強い口調で祖父母に叱責された父親が、「分かりました。ごめんなさい。だからちゃんと成仏してください」と言うと、祖父母はにっこり笑ってその姿を消した。
「まあ、父さん母さんの話は別にしてもよ、金に困ってるのかと思ってよ」
 少し恥ずかしそうな印象を受ける父親の話し方に、速水さんは大笑いをしてしまう。
「何だよ! 心配してるだけだろ! 親が心配したらダメなのかよ!」
「あー、ごめんごめん。うん、大丈夫。俺はまだ大丈夫。だから有難うね」
「そうか、ならいいんだけどよ。……まあ、無理すんな。困ったら頼れ。これでも親だしよ」
 ほっこりとした気持ちで電話を切ると、途中まで作っていた朝食を仕上げる。
 速水さんはそれを少しだけ取り分けると、祖父母の写真の前に供えて感謝を伝えた。

 その日の夜、また夢に祖父母が出てきた。
「頑張りなさい。いつでも見守っているから」
 優しい笑顔でそう言ってくれた。

 世の中的には、まだまだ厳しい情勢が続くのだろう。
それでも支えてくれている人達がいると思えることで、速水さんは前向きに歩めそうだと話してくれた。



著者プロフィール

服部義史 Yoshifumi Hattori

北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。

★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は11/6(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

恐怖実話 北怪道

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