服部義史の北の闇から~第13話 虫嫌い~
ある日の朝、目覚めた大泉さんはカーテンを開けようとしていた。
しかし、何気に手を伸ばしたところで動きが固まった。
それまでに見たこともない大きさの蛾が、カーテンに止まっていたのである。
大泉さんは大の虫嫌いなので、掌ほどの大きさもある蛾をどうにかするという時点で、かなりの難問であった。
頭の中は色々な手段を考慮するのだが、いつ飛び立つのか分からない状況が考えを纏めさせてはくれない。
(どうする? どうする? どうするんだよ!)
焦りながらも散々悩んだ結果、部屋に転がっていたレジ袋を被せるようにして捕獲するという結論に行きつく。
蛾を目の前にして、レジ袋を広げるようにして構えたのはいいが、なかなか一歩が踏み出せない。
(頑張れって! 後は勢いだって!)
五分ほど自らを鼓舞し続け、えいやっとレジ袋を被せることに成功した。
幸いなことに蛾は飛び立つこともなく、袋の中にいるようだ。
後は逃げられないようにと、カーテンごと揺さぶるようにして袋の口を狭めていく。
『ガサッ』
袋の底に落ちた音とともに、若干の重量を感じる。
「ひゃあああぁぁぁあー」
悲鳴にもならない変な声を上げながら、袋の口をギュッと結んだ。
ここまでは計画通りである。
しかし、この先のことまでは考えてはいなかった。
普通ならゴミ箱に捨ててお終いとなるのだが、大泉さん的にはそれはどうしても許せない。
万が一、何かの拍子で袋が破れて脱出されでもしたら……。
そのまま部屋中を飛び回られたりでもしたら……。
袋の中から逃げ出さないにしても、急に暴れだして、ゴミ箱の中からずーっと『ガサガサ』という音がし続けでもしたら……。
想像するだけで鳥肌が立つ。
結論を出せない大泉さんは、蛾を捕獲したレジ袋を片手で持ちながら、右往左往していた。
いっそのこと、窓から投げ捨てようと考えるが、流石に体裁がある。
誰かに見られでもしたら、大きなトラブルに発展する可能性だってある。
ゴミステーションに捨てることも考えたのたが、今日は収集日ではない。
その場面を他の住人に見られでもしたら、また面倒臭いことになる可能性だってある。
「どうする? どうする?」
只々、その言葉を繰り返しながら、部屋中を歩き続けていた。
そんな最中——
『ガサガサッ』
突如、袋の中から音がし始めた。
どうやら蛾が暴れ始めているようだ。
「ひぃいいいいいぃいいいぃー」
変な声を上げながらも、袋を投げ捨てることはできない。
どうか大人しくなってくれと願いながら、袋の端を握りしめていた。
少しすると、願いが通じたのか、急に袋からのガサつきはなくなる。
しかし、ホッとする間もなく、レジ袋の底が縦に伸びた。
袋を伝い結構な重量を感じるが、その重さはどんどんと増していく。
(マジか……。何でだよ……)
するとバリッという音とともに、一瞬でレジ袋は軽くなった。
慌ててレジ袋の底を見ると、熱で溶けたような穴が開いている。
気が動転している大泉さんは、蛾に逃げられたと思い周囲にその姿を探すが、どこにも見当たらない。
その後も三十分以上も掛けて室内を念入りに捜索するが、とうとうあの蛾を見つけ出すことはできなかった。
結局、その場に残っていたのは溶けたレジ袋。
そして、袋が破れた際にまっすぐに蛾が落ちたであろう床面には、十センチ大の丸い焦げ跡が残っていた。
「冷静になってから考えると、蛾は勝手に燃えないって分かるじゃないですか。この話は、未だに意味が分からないんですよ」
それ以降、大泉さんの部屋に突然蛾が現れてはいないらしい。
著者プロフィール
服部義史 Yoshifumi Hattori
北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。
★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は11/6(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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