天中殺の年に訪れたダイビングスポットは…「算命学怪談 占い師の怖い話」
毎週月曜配信、全5回の予定でお送りしてまいりました「算命学怪談」、本日最終回です。
生まれつき霊感が備わりやすい異常干支、稀有な人体図から見えたものなど、占いと怪異の不思議な関係性をご紹介してきましたが、最終回は天中殺という運気のお話です。
8/28に発売になりました「算命学怪談 占い師の怖い話」には、さらに怖ろしく奥深い恐怖・怪奇事件の数々を収録しておりますので、ぜひチェックしてみてください。
詳しくは【こちら】をどうぞ。
目次
#5 朝の景色
山瀬さんは三十代。
とてもアクティブな女性。趣味はダイビング。
そんな山瀬さんが五年前、仲のいいダイビング仲間と海外のある島を訪れた。
「いろいろな場所に潜りにいっていますけど、あんな恐ろしい経験は初めてでしたね。今にして思えば、二年間の天中殺ど真ん中のときだったんですけど」
そう言って笑う山瀬さんの口もとは、どこか気味悪げに引きつっていた。
その島は、ダイバーに人気の有名な場所。
優良なダイビングスポットに恵まれ、おいしい料理とオーシャンビューの眺めを楽しめるしゃれたホテルも立ち並んでいる。
山瀬さんは女友達のKさんと二人、かねてより一度は潜りたいとあこがれていたダイビングスポットを訪れた。
この日のために体調をととのえ、気力も体力も充実した状態で海中に潜っていったという。
「ところが……なんだか身体が重いんです。変だな、変だなって思いながら泳いでいたんですけど、やっぱりどうにも重い。まるで、錘のついたウェットスーツでも着ているようでした。しかも、錘はどんどん重くなっていく」
やがて――。
奇妙な異変は、さらにはっきりとした形で山瀬さんを襲った。
タンクに充填された呼吸ガスの消費スピードが速い。
速すぎる。
異常といってもいいスピードだった。
「いつもの二倍、三倍の速さで、どんどん呼吸ガスがなくなっていることに気づいたんです。これはおかしい。私はダイビングを中止しようとしました」
山瀬さんは、あわてて上昇しようとした。
だが、どういうことだ。
泳いでも泳いでも、どうしてだか身体がうまく動かない。
パニックになった。
必死に手足を動かし、水をかいた。
そのときだった。
山瀬さんは、はっきりと見た。
「右手に一人、左足に一人。そして背中からも。グロテスクな女が離すものかとばかりに、みんなで私に抱きついていました」
山瀬さんは悲鳴をあげた。
右手にしがみつく不気味な女は、背中まで届きそうな黒髪を揺らめかせ、真っ赤な目を見開いて抱きついている。
若かった。
げっそりとやつれていた。
何かを叫んででもいるかのように開かれた口からは、真っ赤な血が大量に溢れだしている。
他の女性たちも、みな似たような姿だった。あんぐりと開いた大きな口からゴボゴボと血を吐いている。
人ではなかった。
いや、かつては人だったのかも知れないが、もはやとっくにそうした存在ではなくなっている。
みんな、裸だった。
凶暴な魚たちの餌食になりでもしたのか、皮膚のあちこちから血を噴き出させ、中には破れたお腹から内臓まで飛び出させている女もいる。
「私は必死に暴れました。様子がおかしいことに驚いたKさんが『どうしたの? 大丈夫!?』と懸命にサポートしてくれて。そんな彼女のおかげもあって、なんとか海面まで戻ることができたんです」
楽しみにしていたダイビングは、散々な結果に終わった。
熱まで出してしまった山瀬さんは何度もKさんに謝り、ホテルの客室でベッドに横たわって体調の回復を待つことにしたという。
「Kさんには一人で観光を続けてもらい、私は解熱剤を飲んで、ひたすら汗をかきました。潜るまではあんなに万全な体調だったのに、いったいどうしちゃったんだろうって、悔しいやら悲しいやら、最悪でしたね」
結局熱は下がらず、同室のKさんに申し訳なく思いながらも、山瀬さんはうなりながら一夜を過ごした。
目がさめれば熱に苦しみ、なんとか眠れたら眠れたで、今度は海の中で出逢った薄気味悪い霊たちに、夢の中でも襲われる。
「それでも夜中の二時ぐらいには、眠りに落ちることができました。目がさめたのは、朝の六時……だったかな。日の出から、しばらく経ったころだと思います。厚いカーテン越しに朝の日差しが射しこんで、気持ちのいい潮騒の音も聞こえたりして……『ああ、熱が下がった』って、ようやく明るい気持ちになれました」
泊まっていたのは、美しい太平洋の眺めを一望の下に見渡せる有名ホテル。カーテンを開ければ朝日とともに、爽やかな海の景色が見えるはずだ。
「Kさんはまだ、隣のベッドで眠っていました。窓際のほうに寝ていた私は、ベッドから降りると窓辺に近づき、朝日のシャワーを浴びるつもりでカーテンを思いきり開けました。そうしたら――」
開放的な窓いっぱいに、びっしりとなにかが貼りついている。
なんだと思って眉をひそめた。
――ギャアアアアアアッ。
自分の声だとは思えなかった。
見渡す限り、窓の全面に貼りついていたのは、昨日の霊たちだ。
無数の蛙のように、透明なガラスに吸いついていた。くわっと開いた真っ赤な目で山瀬さんを睨んでいる。
口々に、なにか叫んでいた。
口からほとばしった鮮血が、湿った音を立てて窓ガラスをたたく。
山瀬さんは、叫びながら意識を失った。
「あとになって、私たちが潜ったダイビングスポット……地元ではけっこう有名な自殺の名所だって知りました。恋に破れた若い女性が身投げをすることで有名な、知る人ぞ知る心霊スポットだったんです。知らないって恐ろしいですよね」
生年月日を聞くと、たしかに山瀬さんはその年、二年間の年運天中殺だった。
だが、じつはそれだけではない。
二十代なかばからはじまった、二十年間にも及ぶ大運天中殺も重なっていた。
大運天中殺と年運天中殺が重なったら、まず「禍」は避けられない。
誰もが山瀬さんのように、窓いっぱいに貼りついた不気味な霊たちを見るわけではないけれど。
「……知らないって恐ろしいですよね」
私の話を聞いて、山瀬さんはもう一度、その言葉をくり返した。
彼女の大運天中殺は、今もずっとつづいている。