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辞めた事務職員と3人の男性社員の間に何が…劣悪な職場で起きた怪事件簿「社畜怪談」

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 8月28日発売の【社畜怪談】
 社畜がテーマの実話怪異譚集です。
 テーマがテーマなだけに、いろいろな体験談が集まりました。
 それこそ、小話のようにさらっと(?)したものから、根が深そうな物まで。
 

 第2回は〈ある会社に新卒で入った女性の話〉です。
 初めて勤めた会社で彼女が何を感じ、何を見たのか。
 では、どうぞ。

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#2「チャチュチョ

 大西さんは新卒でその会社に入った。
 新入社員全員で行われる研修終了後、彼女は遠く離れた支社へ配属される。
 そこは地方都市の小さなビルの三階がオフィスだった。
 社員は支社長以下男性社員五人、あとは二十代の女性事務員がひとりしか居ない。
 大西さんは営業志望だったが、当初の肩書きは〈営業補佐〉であった。が、経験を積んだ後〈営業〉として活躍して貰う約束だ。
 ところが実際の業務は営業たちの補佐に加え、事務業務に雑事までもが加わる。経験が少ないこともあり、細かいところまで手が回らない。同僚の事務員もキャパシティオーバー気味の仕事を割り振られており、頼ることは出来なかった。
 支社長から「事務員をその内補充するから我慢してやってくれ」と言われたが、いつまでも待っても募集すら掛けてくれない。そればかりか、たったひとりの事務員も突然会社に来なくなった。理由は分からないが、あまりの激務に逃げてしまったと考えるのが妥当だろう。
 以降、大西さんは男しか居ない職場で無理な業務を続ける他なくなったという。
 だから当然のように仕事上のミスが細々と起こる。
 客先からの叱責は当たり前。加えて男性社員たちのパワハラ、セクハラが続く。
「仕事が取れなかったのはお前の責任。どう責任を取る?」
「お前、仕事を舐めているのか。査定に響かせてやる」
「女は(精神的に)不安定すぎて大事な仕事を失敗する」
「残業するのは仕事が出来ないことを証明しているだけ」
 ――など、様々な言葉を吐かれた。
 ただ、そんなことを口にしながら、他の男性社員も当然の顔をして残業を行っている。
 今月はどれだけ残業時間があっただの、休日に出勤して資料を作っただの、自慢し合うのである。それは、どれだけ自分が出来る社員なのかをアピールしあっているようにしか思えない。大西さんへの発言と矛盾した行動だが、彼らは全く気づいていないようだった。
 毎日続く激務と罵詈雑言、女性である事への侮辱に対し、「その通りだ」「自分が悪い」「もっと頑張らないと」と次第に思うようになる。
 地元の友人にも、家族にも相談は出来なかった。駄目な自分を自ら証明しそうで、誰にも話すことすらしてはいけないと決めつけた。
 それに、この不景気で就職難の時代、退職する選択肢は選べない。頑張らなければと早朝から会社へ行く。帰るのは誰よりも遅い。データなど社外へ持ち出せないから、土日などは殆ど休日出勤だった。
 だから友人も恋人も出来ない。独りぼっちの生活だ。
 身体と精神を追い込まれる。肌だけではなく、髪も爪も、服装にも荒れが出てきた。
 そんな様子を見た男性社員数名が嗤って指摘してくる。
「――女、棄ててんの?」
 それでも、彼女は会社にしがみついた。

 いつものように休日出勤していたある日曜日のことだった。
 その日は自分以外に男性社員がひとり仕事をしていた。
 大西さんがデータチェックをしていると、斜め前に座るその男性社員が短く叫ぶ。
 何事かと顔を上げれば、彼は向かって左側、真横を見たまま固まっていた。
 顔から血の気が引いている。表情がおかしい。目をまん丸く開いて、何かに驚いている。
 何を凝視しているのか。
 視線を追った先は、給湯室と更衣室、トイレに通じるドアしかない。そのドアが何故か半分ほど開いていたが、ドアクローザーの力で音もなく閉じていく。
 が、その一瞬で見た。
 ドアの向こうに立つ、あの辞めた女性――元事務員の姿を。
 乱れた髪。崩れたメイク。薄手のカラーニットに膝丈スカートの私服姿。何となくだがニットが所々伸びているように感じられた。
 所謂、着衣が乱れた状態だったようにも思う。
 何かあったのだ。咄嗟に立ち上がり、様子を確かめに行く。
 ドアの向こうに飛び込んでみたものの、給湯室にも更衣室にも居ない。残るトイレにも姿がない。此処への出入り口はさっき閉じたドアひとつだけである。
 何処へ行ったのか。愕然としている中、突然後ろから肩を叩かれた。
 驚き振り返ると、さっき固まっていた男性社員だった。
 無表情の彼はこちらの肩を掴むと、顔をこちらに寄せてくる。身を捩って避ける寸前、相手の口がぱくぱく動いた。まるで腹話術の人形のような仰々しい動きだ。
 そして、動きに送れて声が聞こえた

 〈チャチュチョ、チャチュチョ、チャチュチョ、チャチュチョ〉

 意味不明だ。が、なんとなく若い女性が発しているような声に聞こえた。
 何度かのチャチュチョの後、男性社員は肩から手を離すとオフィスへ戻っていく。
 一瞬呆然とした後、すぐ我に返る。後を追ってドアを開けると、帰り支度もそこそこに、問題の彼は慌てるように外へ出て行くところだった。もう、声を掛ける気にもならず、然りとて仕事をする気力もなくなっている。
 だが、明日、月曜からの業務のことを考えると帰ることは出来ない。
 大西さんは心を殺して席に戻ると、モニタへ向かった。

 辞めた事務員が現れたのはこの日だけだった。
 それから一年を待たずして、彼女はこの会社を辞めることになる。
 社内で問題が頻発し、社員の殆どが入れ替えとなったことで業務が混乱。これまで以上に働くことになり、身体を壊したからだ。
 何故、そんなことになったのか。
 まず男性社員三人が怪我や病気でリタイアした。
 ひとりは自損事故で右腕切断。更に下半身が動かなくなった。
 もうひとりは前立腺癌に罹り、更に不慮の事故による怪我で片足を切断した。
 最後のひとりは自宅の二階にある窓から後ろ向きに落下。首から下が麻痺となった。何故そんなことが起きたのか詳細は不明である。この人物はあの事務員が現れた日に休日出勤していた人物でもあった。
 その後、支社長が横領で逮捕された。ギャンブルや女性関連での使い込みだった。
 この四人が離脱したことで、支援として急遽本社から数名の社員が入ったが、当然仕事はスムーズに回らない。大西さんはフォローするために孤軍奮闘をせざるを得なかった。もちろんそれも焼け石に水でしかない。
 結果、職場で倒れ入院。その際に健康上の様々な問題が見つけられた。このままでは命の危険があると、彼女は退職を決めた。

 大西さんには思い出すことがある。
 怪我や病気で会社を去った三人は、あの事務員が現れた日以降、何か思い詰めたような顔をしていた。そして、常にあのドアを気にするようになった。
 そればかりか彼らは社内で時々奇声を上げた。そして何かを払い除けるように身体中を叩くのだ。ただ、何かが付いているようには見えなかったが。
 奇異な行動を取る理由は分からない。
 ただ、あの事務員に関係しているのかも知れないと想像することはあった。
 実は、あの休日出勤した日の夜、大西さんは問題の元事務員へ確認のメールを送っていたのである。以前何かのきっかけで連絡先を交換していたからこそだが、忙しくて一度も使ったことがなかった。こんな用で、と嫌な気持ちはしたが、モヤモヤしたままもイヤだった。
 しかしメールは届くことなく戻ってくる。直接電話を掛ければ解約されていた。
 自宅住所は会社のデータで見れば分かるが、そこまでする間柄ではない。が、何となく、すでにあの事務員はこの世に居ないような気がしたことは否めない。

 少し前、自分が配属されたあの支社がなくなっていることをネット経由で知った。
 なんとなくそうなっているだろうことは予想していた。
 彼女が退職する前、支社長達が行っていた様々文書偽造や別の問題も発覚したのだから。
 これで支社存続にとどめを刺されたのだろう。
 会社そのものは存続しているが、業務縮小したのか支社数も減っていた。

 大西さんは言う。二度とあんな感じの仕事は出来ない、と。
 だから今は主婦業の合間、負担にならない程度でパートをしている。
 あの会社のせいで、無理が出来ない身体になったのだから、仕方がない、と――。

★本連載は、web連載限定の特別書き下ろしです。8/28発売の「社畜怪談」にはさらなる恐怖譚を収録しておりますので、どうぞお楽しみに!

新刊情報

★8/28発売予定・絶賛予約受付中!

社畜怪談

久田樹生、黒碕薫、佐々原史緒

パワハラに呪詛返し――弱者たちの復讐がいま始まる。
ブラックもブラックな、職場の実話怪談!

著者プロフィール

久田樹生 Tatsuki Hisada (本連載執筆者)
作家。小説から実話怪異譚まで手がける。代表作に「犬鳴村〈小説版〉」「ザンビ」「南の鬼談 九州四県怪奇巡霊」(竹書房)等。あな恐ろしや服飾系から工業系まで色々働いた経験あり。(社畜歴:25年)

黒碕 薫 Kaoru Kurosaki
小説家。『武装錬金』『るろうに剣心北海道編』(集英社/和月伸宏)のストーリー協力もしている。社畜歴はエンジニアリング会社で4年ほどだが、つらかった思い出しかない。その後外注で入ったゲーム会社はとても楽しかった。(社畜歴:4年)

佐々原 史緒 Shio Sasahara
作家。広告代理店勤務中に二人三脚漫画家の原作担当としてデビュー。2001年小説に転向。ホラー代表作は「1/2アンデッド」シリーズ(KADOKAWAファミ通文庫)。(社畜歴22年)※のべ

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