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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第21回 ~乗ってくるモノ~

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これは以前、片町で一緒に飲んだ、鉄道ファンの方から聞いた話になる。

鉄道ファンといえば、「撮り鉄」といわれる鉄道写真を撮る事を目的にしている方達が有名だが、彼の場合は「乗り鉄」。電車に乗って色んな駅を回る事のが楽しみなのだという。

時刻表とにらめっこで旅行の計画を立て、連休を利用して計画を実行する。
練りに練ったルートで幾つもの電車を乗り継ぎ、目的の駅を回る。人があまり訪れない駅ほど興味を惹かれるのだという。

そんな彼が好きな土地は、何と言っても北海道。

北海道は広く人口も少なくないが、その殆どはごく一部の都市に集中している。
それ以外は過疎化している場所も多く、土地の人の交通手段はもっぱら車に依存している。とはいえ、車を持たない人、持てない人もゼロではないわけで、その場合の交通手段として鉄道は必要だ。

ただ地方に行けば行くほど人口は減り、とても採算が取れないまま運行を続けている路線もある。
やむを得ず、少しずつ廃線になっているらしいが、それでも過疎地に住む人達の生活を護るため、本数をぎりぎまで減らして存続している路線もある。
彼はそんな路線の秘境駅が好きなのだという。

しかし、そんな彼も鉄道でかなりの恐怖体験をした過去がある。
これから書くのがその内容である。

その時も彼は北海道で鉄道に乗るべく、東京経由で飛行機に乗ってやって来た。
季節は初春。線路の横には深い雪が残っている時期だった。
彼の目的は、ほとんど誰も住んでいない土地に在る無人駅。乗降客は極めて少ないが、とにかく何かの理由でその駅は幾度となく廃駅を免れていた。
長いトンネルを抜けると本当に小さな無人駅があり、その先にはまた長いトンネルが続いている。
周りには民家も無く、一日に二~三本程度の電車がやって来るだけの駅。
噂には聞いていたが、その駅に降り立った時、彼自身もどうしてその駅が未だに存続し続けているのか理解に苦しんだという。
海は近いが漁港はなく、お店も無いのだから。
彼は朝の便でその駅に降り立った。
駅周辺を散策してみるつもりだったが、すぐに諦めた。歩いていける範囲に何も無いのだ。其処に在るのはまさしく、駅だけ……。
彼のように秘境駅自体を目当てに列車に乗ってくる鉄道ファンは少なからずいるが、そんなのは数が知れている。とてもではないがそれで採算など取れる筈も無かった。
結局、自動販売機すら無い無人駅で、彼は次の便がやって来る午後七時頃までの長い時間を過ごす羽目になった。
寒さはかなり厳しく、体の感覚は薄れ、これでもしヒグマでも出たら? と思うと気が気ではなかったという。
しかし、彼はその後、もっと恐ろしい恐怖と遭遇することになる。

                       ※イメージです

午後七時頃、定刻から少し遅れて駅に着いた電車は、それから三十分と経たずに折り返しで戻ってきた。
凍え死にそうになっていた彼はホッとしてその電車に乗り込んだ。

と、その時――彼は視界の端で不可思議な光景をとらえた。

彼の他にもその電車に乗ろうとする者がいたのだ。
寒さと恐怖から急いで電車に乗り込んでしまったが、間違いなく隣の車両に乗り込んでくる女性の姿が見えたのだという。
しかし、それはおかしなことだった。
それまで彼がいた無人駅には彼以外、誰もいなかった。
たかだか二十メートルほどの狭いホームだ。他に人がいたのならば、絶対に見逃す筈はない。
だが、確かにいま、隣の車両に女が乗った……。

彼はすぐに隣の車両に行き、女の姿を探した。が、全ての座席を見て廻ったが、やはり誰も座席に座ってはいなかった。
(やはり目の錯覚だったのか……)
そう思ってまた元の車両に戻ろうと踵を返した瞬間――いた。
さっきの女が、運転席を覗き込むようにして背中を向けて立っている。
(ああ、やっぱり乗っていた。見間違いじゃなかったんだ……)
そう思ったのはほんの一瞬だ。
すぐにそれが在り得ない事だと気付いて、一気に凍り付いた。

女が乗ってきたのを見たのは隣の車両。
つまり、今、自分がいる車両だった。
だとしたら……あの女はどうやって気付かれないように自分と入れ替わるように運転席の後ろへ移動したんだ?
そんな事が出来るものがいるとしたら、それは……。

あれほど寒かったのに、全身びっしょりと汗をかいていた。とても冷たい汗を。

彼はその場に凍り付いたまま、運転席の後ろに立る女の背中を凝視した。
よく見ると、とても古めかしい洋服を着ている。
しかもこの寒さの中で、薄いワンピースのような夏服を着ているだけ……。
重ね着で着ぶくれている彼でさえ、その寒さには耐えられない程だというのに。
それに、よく見るとその女の体型は、とても普通と言えるものではなかった。
背が異様に高い。ワンピースから伸びる手足も枯れ枝のように細くて長かった。
そもそも運転席の窓ガラスに張り付く女のシルエットはとても歪で、不自然としかいいようがない。
とてもじゃないが、その女が「生きている女」とは思えなかった。

彼は恐怖でガタガタ震えながら、できるだけそっと近くの座席に座った。
そして、ただ一心に心のうちで繰り返す。
(俺は何も見ていない……俺は何も見ていない……)
必死で自分に言い聞かせ、目を固くつぶる。
(どうか、あの女がこちらの車両に来ませんように…)
そう祈るしか術はなかった。

すると、突然電車が急ブレーキをかけたような衝撃が体に伝わり、彼は反射的につぶっていた目を開いた。

視界いっぱいにうつる女の顔。
顔に生臭い息がかかり、目の前に迫る女の顔がうっそりと笑った………。

彼の記憶が残っているのはそこまでだった。
次に彼が目を覚ました時、彼は病院のベッドに寝かされていた。
電車の中で凍死しそうになっているのを駅員が見つけ、そのまま病院に搬送されたのだという。
発見された時、他に人影はなく、ただ電車の窓が大きく開け放たれていたそうだ。
その後、彼は一命を取り留めて退院したが、それ以後は出来るだけ過疎地の駅には近づかないようにしているそうである。

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営業のK

怪異は私の家の中まで入り込んでいる。
だからもう、深夜の執筆はできない…
~あとがきより~

断ち切れない血の因縁と地の呪縛、闇深き怪を集めた金沢発人気実話怪談シリーズ第6弾。

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