2月新刊『現代雨月物語 物忌異談』内容紹介・著者コメント・試し読み・朗読動画
神仏、あやかし、魔物…人霊とはまた別の、不可思議かつ恐るべき力の存在をまざまざと感じさせる異形の実話怪談集。
「まだ、一番怖い話があるんです…」
夢の中で訪う温泉宿で
体験した恐怖の一夜。
女将の正体は?
やがて夢は現実を侵食する…
――「魔物」より
秩父三峯神社、武蔵御嶽神社、山梨の七ツ石神社
狼信仰と御眷属の神秘。
魔と妖が跋扈する戦慄の実話!
あらすじ
「物忌」
年始に賽銭箱から不思議な音を聞いた女性と、筆者。桃を巡る不思議な縁=回路が繋がる奇談!
「足跡」
下北半島で迎えた元旦、雪の上に巨大な足跡を見つけた著者はその足跡を辿る。行き着いた先は…
「キリストの墓」
青森県三戸郡新郷村戸来のキリストの墓。信憑性は乏しいはずだが、そこで筆者が聞いた声とは…
「龍神の宿り木」
諏訪大社の置き石に腰掛けている謎の男。声を掛けられた者だけが案内される秘密の場所とは…
「 忌み地 」
多数の人骨が出てきた土地に建てられた製鉄所とレジャー複合施設。やがて恐ろしい怪現象が…
「帰還」
狼信仰の流れを汲む山梨の七ツ石神社。朽ちた社殿の再建プロジェクトの中で起こった不思議な現象!
「顕彰碑」
自衛隊基地近くの国道沿いの一角に居る巨大な泥人形。視える人には視えるその禍々しき存在の正体は…
「魔物」前後編
魔物が棲む旅館が人を喰らう。ある女性が見た恐ろしい夢は、20年の時を経て現実世界を侵蝕する…
著者自薦・試し読み1話
襖絵
東京都青梅市御岳に位置する武蔵御嶽神社は、埼玉県秩父市にある三峯神社と並んで、関東圏の御眷属様信仰の社として有名な場所である。
太古の昔、日本武尊が東方への遠征時に、この山の周辺で深い霧に巻かれ、道に迷った。すると、白黒二匹の大きな山犬が現れて、尊の軍勢を西北へと導いた。尊はこの二匹の山犬に感謝を述べて『其方らは大口の真神としてこの山に留まり、すべての魔物を退治するように』と命ぜられたという伝説が、この社には伝わっている。また、文化庁映画賞文化記録映画優秀賞に輝いた小倉美恵子さん原作の映画「オオカミの護符」の著書や宣伝ポスターに使用されているのも、この武蔵御嶽神社の「御眷属様札」なのである。
そうした霊山の名に違わず、古の昔から存在する信仰の山である故に、不思議な言い伝えは数多く残ってい。
だが、私自身は、本書の姉妹編である「方違異談」に紹介したような、狼の神格を連想させる鮮烈な体験をこちらの御嶽ではまだしていない。そうした御眷属信仰に纏わる話では無いのだが、この武蔵御嶽神社で私が体験した、不思議な体験をひとつ紹介したいと思う。
二〇一三年の年の暮れの事である。
その時、私はお借り受けしている「御眷属様札」、いわゆる「狼札」の更新に武蔵御嶽神社を訪れていた。
様々な僥倖を経て、私がこの社に初めて「狼札」の借り受けに訪れたのが十一月の後半であった為、毎年、更新の為に神社へ訪れるのは、十一月の後半から十二月の初旬である。
この武蔵御嶽神社のある御嶽山は、霊山であると共に、現在は様々な見どころのあるハイキングコースとしても有名で、手軽な装備で山登りを楽しめる為、四季を通じての登山者が絶えない。山頂の拝殿前では、ハイカーやランニングトレイルがてらの参拝者がひっきりなしに拍手を打っている。
しかし、冬の最中の昇殿祈祷者となると、それほど数は多くないらしく、大抵更新時の昇殿祈祷は、私一人だけの貸し切り状態で行われる。
ちなみに秩父三峯神社では狼札の借り受けを「御眷属様拝借」と呼ぶが、こちらの武蔵御嶽では「御眷属様貸出」と呼んでいて、一番初めの借り受け手続きの時に、なかなか話が通じなかったという思い出もある。
その年の更新時もまた、拝殿に上がるのは私だけだった様子で、社務所の隣に位置する昇殿者待機所の大広間に一人正座して、社務所からの呼び出しが掛かるのを静かに待ち受けていた。
外からは、拝殿に参拝する人々のざわめきの声や、拍手の鳴り響く音が洩れ聞こえている。傍では、暖房用のダルマストーブの炎が轟々と音を立てていた。
そんな最中、ふと、いつもとは違う雰囲気に気が付いた。
待機所の中に、仄かな香りが漂っているのだ。
御香、或いは線香の香りである。
さて、何が違うのかというと、神社と寺院という場所は、その手の方面に興味のない人間にとって、どこが違うのかと言う疑問から始まる。
それを端的に説明すれば、片方は神道、片方は仏教を信奉しているという事に落ち着く。
従って、場所にも依るのだろうが、寺院では一般的に、仏様が喜ぶと言う香を焚き上げるが、神社で香を焚いているというのは、今のところまだお目に掛かってはいない。ましてやこの武蔵御嶽の境内で、香を焚いているのを見た事も、匂いを嗅いだ事も無いのだから、とても奇妙に思ったのである。
香りは、私の居る待機所の中から匂っていた。
しかし、辺りを見回しても、ストーブの炎が唸りを立てて燃えているだけで、香を焚いている様子など微塵も無い。
私は腰を上げて左右を見回し、匂いのする方向を捜してみた。
香は社務所と待機所を仕切る襖の方から漂ってくる。そちらに向けて歩を進めると、更に生花の香りまでがそこに加わった。
私事ではあるのだが、私はアレルギー性鼻炎を持っているので、あまり鼻が利く方ではない。そこに匂ってきたのだから、それなりの濃さであった筈である。
襖に近寄ってみた。
社務所と待機所を仕切る襖には、戯れ遊ぶ緑と青の唐獅子が達筆な調子で牡丹の花と共に描かれ、端には絵の作者であろう「×××某」なる署名がされていた。
御香と花の匂いは、明らかにこの襖絵から漂っている。
しかし、そこには香も無ければ生花の姿も無い。妙だなと思って首を傾げていると、その香りは、不意に消えてしまった。
ほぼ同時に、からりと襖が開き、三宝に祈祷札を載せた神職が顔を覗かせる。
「御祈祷の準備が整いました」
私は目の前の神職に向かって、こんな質問を投げ掛けた。
「御神職、つかぬ事をお尋ねしたいのですが、こちらの神社では、社務所などで御香を焚く事はございますか?」
ひょっとしたら、何かの理由で、本日は社務所で香が焚かれていた可能性もあると考えたからである。
「いえ。どうかなされましたか?」
壮年の、威厳に満ちた顔付きの神職は、不思議な顔付きで私を見た。
「いや、先程まで、この待機所に御香と生花の匂いがしてまして。どこから匂うのかなと思いましたら、こちらの襖絵からだったんです。変だなと思ってましたら不意にその匂いが消えてしまいまして。そうしましたら、御神職が襖を開かれて私を呼びに来たもので……」
三宝を持った神職の瞳が丸く見開かれ、その唇が「ほお」という形を描く。それから何かの含みを帯びた表情を刻みながら、
「取り合えず御祈祷を。お話はその後で」
神職が拝殿の大鏡の前で、禊祝詞を荘厳な口調で読み上げる。
御幣が振られ、身体を清めた後に、本殿の内陣へと進み上がり、榊を供え、頭を垂れて、二礼二拍手一礼。
「御眷属借受・継続の儀、恙なく終了致しました。本日は、誠に以て、おめでとうございます」
祈祷を終えた御眷属札が神職の手によって祈祷壇から下げられ、三宝に載せられ目の前に運ばれてくる。一礼して札を受け取ると、件の神職が口を開いた。
「先程の件なのですが、御存じのように当社は神社でありますから、境内で御香を焚くような事はございません。ただ……」
神職はそこで姿勢を正すと、私の目を真正面から見据えて、こう告げた。
「貴方様のご指摘された唐獅子の襖絵なのですが、あれは当社と関わりの深い寺院の高僧が描いたものなのです。恐らく、その方の『気』が入れられているのでしょう。そこから花や御香の匂いがするのも、当然かと考えます」
神職はそこで目を細めて、にっこり笑った。
「よく、おわかりになりましたね」
派手さの伴わぬ異談ではあるのだが、御眷属信仰の山である武蔵御嶽神社に相応しい、霊威に満ちたエピソードであると考え、今回は本書のこの紙面を借りて読者諸氏に御紹介をした次第である。
【著者追記】二〇二〇年十二月、筆者は銅板画家の野瀬昌利氏が門前仲町の会場で開催した個展のトークイベント「オオカミ・四つ足の護り神」展にゲストとして招聘された。その会場でこの武蔵御嶽の襖絵のエピソードを紹介したところ、御嶽山に詳しい野瀬氏が、件の参集殿で香の匂いがすると言ってきた方がいるという話を、神職からも耳にした事があるという事を、ここに付け加えておく。
(完)
著者コメント
かつて人々が戒めとして敬った、伝説や伝承。その片鱗を覗かせる、不可思議な体験談の数々。某所で「これは怪談ではない」と切り捨てられた、多くのそんな物語を心霊体験と交え、ひとつの書籍として発表したいという願望が、前回「方違異談」にて叶いました。
本書「物忌異談」に掲載された「襖絵」には、派手さも怖さもありません。
そこに存在するのは、現代人が忘れ掛けている「こころ」ではないかと思うのです。
朗読動画(怪読録Vol.69)
【竹書房怪談文庫×怪談社】でお送りする怪談語り動画です。毎月の各新刊から選んだ怖い話を人気怪談師が朗読します。
今回の語り手は 小柳史恵 さん!
【怪読録Vol.69】常磐線のとある踏切には恐ろしい怪異が・・・―籠 三蔵『現代雨月物語 物忌異談』より【怖い話朗読】
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方違異談
現代雨月物語
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幽霊・人霊だけにとどまらぬこの世の異談――神仏の顕現、式神、妖かし、憑き物筋など、にわかには信じがたいが確かに存在するモノ、現実に起こった怪事件の数々を著者自らが取材して纏めた異形の実話怪談集!
著者紹介
籠三蔵 Sanzo Kago
埼玉県生まれの東京都育ち。山野を歩き、闇の狭間を覗く、流浪の怪談屋。尾道てのひら怪談大賞受賞。主な著書に『方違異談 現代雨月物語』、共著に『高崎怪談会 東国百鬼譚』(ともに竹書房)がある。
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