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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第12回 ~屋上に立つ女~

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これは、片町の雑居ビルでの話。

決して望んでいる訳ではないが、片町を飲み歩いているとかなりの頻度で不思議な光景に出くわすことがある。
それは、いつも同じ場所に立ち続けている子供の姿だったり、スクランブル交差点で見かける異形のモノだったりと様々である。

その時も俺は、かなり泥酔してはいたのだが、やはりいつものように頭だけは普段どおり動いているという、あまり酒飲みとしては嬉しくない状態で、仕事関係の社長さんと二人、真夜中の片町をうろついていた。

とっくに日付は変わっているというのに、片町はいつもの様に沢山の酔っぱらい達で賑わっていた。
某コンビニの前まで来た時、社長さんがタバコを買ってくるというので、俺はそれを待っていたのだが、そこであるものを見てしまう。

いつもは全然気にならないというか、片町で上を見上げるという行動自体あまりしないのだが、その時の俺は既に体力の限界に近く、

あ~、いったい何時まで付き合わなくちゃいけないんだろ?

と、暗澹たる思いで天を仰ぐように上を見上げてしまった。
すると、とある雑居ビルの上に女性が立っているのが目に入った。

かなり派手な服装をした女性。
おまけに、その女性はビルの屋上ギリギリの所に立っているではないか。

あんな所に立っていたら、素面でも危ないのに……。

そう思ってハラハラしていると、次の瞬間、女性が宙を舞った。

と、飛び降りた!

そう思うが早いか、ベキャっという何ともいえない嫌な音が聞こえる。
俺は、タバコを買って出てきた連れの社長を無理やり引っ張って、飛び降りたであろう現場に向かった。

きっと、人だかりが……。

そう思っていたのだが、現場に着くと、そこには誰もいない。

え?
なんで?
確かに、あそこから……。

そう思って上を見上げると、先程の女性が、また屋上から身を乗り出さんばかりに立っている。

ど、どうなってるんだ?

呆然と見上げていると、連れの社長さんが追いついてきて、「どうした? 何があったんだ?」と俺に尋ねてくる。
俺はどう説明すれば良いのか分からないまま、

「いや、今、あそこに立っている女の人が飛び降りたんですけど……」

そう言ってビルの屋上を指さした。
すると、社長さんは、

「え? 女の人って……あそこに立っている人?」

と返してきた。

「ああ……あの女の人は社長さんにも視えてるんだ……」

少しほっとしたような、そうでもないような……。
とりあえず、俺はそれ以上の説明は止めておいた。

“自殺者の地縛霊”

あれはきっと、そのようなもの……。
俺にはそんな確信があった。

だとすれば、一刻も早くこの場から立ち去るのが賢明だ。これまでの経験から重々承知していた。
俺は、相変わらず屋上の女を見つめている社長さんを急かすように背中を押し、その場を離れた。

そうすれば、それ以上、社長さんに訳の分からぬ説明をする必要も無くなるし、何より自殺者の霊には近づかないのが得策だった。

しかし、その時の事は、酔いが醒めてもしっかりと社長さんは覚えており、確かにあの日、女性が屋上に立っているのは目撃していた。
その社長さんに霊感があるなどという話は聞いたことが無かったから、それがある意味、驚きだった。
もしかしたら、酔いというものは人間の霊感を研ぎ澄ますのかもしれない。

それから数週間後、俺は友人と連れ添って、再びその現場へとやってきていた。
俺の話を聞いた友人二人が、是非見てみたいと言い出し、半ば強制的に案内させられたのだ。
彼らは現場に着くと、あろうことか、そのビルの屋上まで行ってみるぞ、と言いだした。
いや、それは危険だから止めておけ!という俺の言葉を軽く無視して、結局は俺まで同行させられてしまった。

そうは言っても、ビルの屋上など簡単には入れないだろう……。

階段を上っている間も、そう高をくくっていた。
ところが俺の意に反し、屋上の扉はあっさりと開いてしまう。
打ちっぱなしのコンクリートの殺風景な空間。
屋上は、冬でもないのに、妙に寒かった。

「おい、やっぱりやめとこうぜ……」

厭な予感にそう口を開いたが、二人は大丈夫、大丈夫と、例の女性が飛び降りていたビルの際まで近づいていく。
そして、其処から下をまじまじと覗き込んでいる。

見ている俺がヒヤヒヤしてしまう。

が、その直後――。
彼らのうちの1人が突然ドンと、後ろから押された。

それは、見ている俺にもはっきりと分かった。
息が止まるかと思った。
何とか横に居る友達につかまり難を逃れたが、彼は、顔色を変えて、我先にと屋上から飛び出し、逃げるように下へと降りた。

俺たちも慌ててその後を追いかける。

下で合流した彼の顔は、既に顔面蒼白。

どうした? 怖かったのか?

と聞く俺達に、彼は色をなくした唇で震えながらつぶやいた。

「落ちそうになったのもビックリしたけど……それだけじゃない。
後ろから押される直前に、『死ね!』という声が耳元で聞こえたんだ……」

間違いなく若い女の声で。

そして――。

「押されて落ちそうになった時に、下を見たら……さ。
知らない女が、両手を広げて俺を掴もうと……してた」

もう二度とあそこには近づかないからな!

彼は子どものようにそう叫ぶとぎゅっと目をつぶった。
別に、俺が頼んで、屋上に行った訳ではないのだが……そこは黙っておいた。

その雑居ビルは、今も片町に実在する。



著者プロフィール

営業のK

出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話! 段落

★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は9/4(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

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