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本日より毎週土曜更新!8/28発売「社畜怪談」のプレ連載がスタート

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 8月28日発売の社畜怪談
 社畜がテーマの実話怪異譚集です。
 テーマがテーマなだけに、いろいろな体験談が集まりました。
 それこそ、小話のようにさらっと(?)したものから、根が深そうな物まで。
 その中の幾つかを連載として世に出すこととなりました。 (注:web連載は文庫収録話とは被りません。web連載でしか読めない書き下ろしとなります。)


 まず第一回は〈体験者の同僚がキレた話〉です。
 では、どうぞ。

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#1「言い残されたこと

 小和田公平さんの同期に、寒川という男が居た。
 二人が三十歳を超えた辺りだ。
 激務の多い職場であったせいか、寒川は何の前触れもなくキレた。
「もー! もー! もー! もー!」
 子供のように叫びながら駄々をこねて、ボロボロ泣き始める。

 皆が唖然と見詰める中、フロアから出て行き、そのまま帰ってこなかった。
 翌日の朝礼で、寒川が二週間ほど休むことが通達された。
 部署の全員が静かに溜め息を吐く。納品期日が迫っている。繁忙期というヤツだ。ひとり足りなくなった分、残りがその分の仕事を分担し、処理しないといけない。
 皆、げんなりしたことは言うまでもない。

 二週間後、寒川は明るい顔で戻ってきた。
 迷惑を掛けましたと、見たこともないような海外のお菓子を配る。
 見た感じ東南アジア圏のもので、独特の香りが漂った。彼は小和田さんの隣にある自席に座ると、聞いてもいないのに説明を始める。
「休んでいるとき、勢いでインドネシアへ行ったんだ」
 以前海外へ出張するときにパスポートを取り直していたから楽勝だったと笑う。
 しかし小和田さんにはその顔が前と違うように見える。
 何処が、ではなく、どことなく、程度だったが、

 その内、寒川はおかしな行動を取ることが増えた。
 時折小声で「ころすころすころすころす」と繰り返しながら、自分の左手の甲にポールペンで点を打っていく。次第に力が入って来たのか、皮膚を突き通し血塗れになった。だから彼の手の甲には、入れ墨のような黒い点々に混じり、小さな丸いカサブタが多数残るようになった。
 あるときは「アイツしね、アイツしね、アイツしね、アイツしね」などと物騒なことを口走りながらカッターナイフを胸の前で小さく振り回したこともある。
 視線の先にプロジェクトリーダーがいた。
 寒川、遊んでいないで仕事しろ、そう小和田さんが指摘する直前、リーダーが小さくキャッと声を上げて倒れる。
 救急車が呼ばれ、リーダーが運ばれていく。周りの皆は「ああ、また仕事が滞るよ」「誰がフォローするんだよ」とげんなりしながら口にした。
 だが、翌日早朝に、リーダーはは戻ってきた。
 貧血とかそんな物だから大丈夫と言うが、明らかに調子の悪い顔をしている。
「何だよ、死なねーのかよ」
 寒川が残念そうに呟いたのを、数名が確実に聞いたという。

 また、小和田さんと寒川の仕事が立て込んで自宅へ帰れなかった日だ。
 二人はフロアの床で仮眠をとった。
 アラームが鳴る前、小和田さんがふと目が覚ます。
 LED照明の光の中、少し離れた所で寒川が椅子に座っているのが見えた。背筋がやけにぴんと伸びている。
 彼は何かをぶつぶつ言いながら、両手をぐねぐね動かしていた。
 バリ島で女性が踊るダンス――レコンダンスか――の動きに似ている。
 何をしているのか。起き上がる気力もなく、横になったまま声を掛けようとした直前、突然寒川がこちらを振り返った。
 オフィスの照明を反射しているのか、ぬめぬめと光る目でじっと睨み付けている。
 思わず目を反らし、更に目を閉じた。が、足音が近づいてくる。
 すぐ傍に立ち止まった。しゃがみ込む気配がしてから、耳元で声がする。

「おーわーだーくーん? みたァ?」

 答えたくない。理由はない。単純に――いや、本能で忌避した。返事をしたら、絶対に良くないことになるという確信があった。
 硬く瞼を閉じる中、すぐ脇で立ち上がる様子が伝わってくる。そして気配がフロアの外へ向かって遠ざかっていった。
 小和田さんは寒川に近づけなくなってしまった。

 その後、大きなプロジェクトが終わり、飲食店で簡単な打ち上げがあった日だ。
 寒川が横に座った。
「小和田、お前、最近、俺を避けてるだろ」
 小和田さんの態度がおかしいことをなじる。そりゃそうだろ、最近のお前おかしいもの! と正直に言い返したかったが、グッと飲み込み、素知らぬ顔で返した。
「そうか?」
「そうだよ」
 弾まない会話の途中、寒川が周りを見回してから、そっと耳打ちしてくる。
「――お前さ、あの夜、見たろ?」
 会社に泊まった日のことを蒸し返してくる。何のことだ? 見ていないと嘘を吐くが、信用してくれない。正直に答えろと迫ってくる。
 面倒くさくなって、目撃したことを正直に話した。寒川は絶望したような顔を浮かべる。
「あー、アレ見られちゃったら、俺、終わりだわ」
 寒川はひとり店の外に出ると、それから中へ戻ってこなかった。

 数週間後の数少ない休み明け、寒川と顔を合わせた。
 顔色が悪い。体調不良だと言う。
 仕事の途中で苦しそうな呼吸を繰り返したかと思うと、その場で倒れた。
 三日後、出勤した寒川が言う。
「脳と心臓に爆弾を抱えてしまった」
 激務を続けていれば、いつ危険水域を越えるか分からない、らしい。
 それから寒川は比較的楽な部署へ異動した。
 社内で顔を合わせる度、痩せて行っているような気がする。
 そして半年位したとき、何かのタイミングで少し話す機会を得た。
 寒川が苦笑しながらポツリポツリと話し始めた。
「俺、キレた後に行ったインドネシアで、秘法を習ったんだ」
 キレた後。あの「もーもーもーもー」と泣いた時のことだ。
 彼は現地で日本人のバックパッカーと知り合った。その人物に連れられて入ったドミトリー(安宿)で、呪術を使えるアジア人を紹介して貰ったらしい。
 初老の男性で、怪しい風体だ。見た目は日本人ではないのに、何故か滑らかな日本語を話す。世間話の間、その初老の人物が寒川の生い立ちや現状など悉く言い当ててきた。
 今勤めている会社のことも、職場の酷い人間関係のことも、だ。
 驚きを隠せぬ中、相手はにやりと笑う。
「人を殺す呪いを教えてやるから金を出せ」
 お前が恨む者を殺す呪いだと断言した。
 与太話だろうが面白そうだ、と幾ばくかの金銭を渡す。今晩また来いと言う。言葉を信じて足を運ぶと、本当にいろいろ呪術を教えてくれた。
 三日ほどの短期間に秘法レベルの術も授かったと言う。
 ただ、最初の日、初老の男はある儀式を行った。
 専門用語が多く全て理解できなかったが、簡単に言えばこんな意味か。
〈習った術の秘法部分をみだりに人に見せるべからず、伝えるべからず。言うことが守れなければ悪魔(?)がお前の頭と心臓を喰らいに行く〉
 ――契約の儀式だったのだろう、そう言って寒川は力なく笑った。
「お前が見たのは、その見せてはいけない秘法だ。毎日、あの時間にやらないとダメだって教えられていたから、仕方なくやっていた」
 でもお前に見られたから、そのうち俺は悪魔に命を取られるのだ、ほら、現に脳と心臓がヤバいだろう? と急に真面目な顔に変わった。
 どう答えて良いのか分からない。
 立ち去る前、寒川は二つの事を教えてくれた。
 ひとつは、クライアントの某氏と社内の某氏に呪術を行ったのでその内死ぬだろうこと。
 もうひとつは、小和田さんに対してのことだ。
「お前は(秘術を)見たし、話も聞いたからもう無関係じゃない。その内、目と内蔵の何処かを取られるぞ」

 二ヶ月ほどして、寒川は会社を辞めた。
 今、何処で何をしているのか誰も知らない。
 その後、彼が言っていたクライアントと社内の某は、本当に突然死してしまった。
 共に寒川が憎んでいた相手だった。
 と同時にリーダーが倒れたときのことを思い出す。
 あれも呪術だったのか。もしかしたら他にも犠牲者が居たのだろうか、と。

 そして小和田さんにも変化があった。
 視力が急に落ちた後、検診で肝臓に影が見つかったのだ。
〈お前は(秘術を)見たし、話も聞いたからもう無関係じゃない。その内、目と内臓の何処かを取られるぞ〉
 寒川の言葉を思い出すが、必死にそれを打ち消す毎日である。

 この話の最後、小和田さんは極真剣な口調でこんなことを口にした。
「全部偶然の出来事です。寒川の作り話です。だから僕の視力と肝臓の事も、無関係なんです。違うんです」

★8/28発売予定・絶賛予約受付中!

社畜怪談

久田樹生、黒碕薫、佐々原史緒

パワハラに呪詛返し――弱者たちの復讐がいま始まる。
ブラックもブラックな、職場の実話怪談!

著者プロフィール

久田樹生 Tatsuki Hisada (本連載執筆者)
作家。小説から実話怪異譚まで手がける。代表作に「犬鳴村〈小説版〉」「ザンビ」「南の鬼談 九州四県怪奇巡霊」(竹書房)等。あな恐ろしや服飾系から工業系まで色々働いた経験あり。(社畜歴:25年)

黒碕 薫 Kaoru Kurosaki
小説家。『武装錬金』『るろうに剣心北海道編』(集英社/和月伸宏)のストーリー協力もしている。社畜歴はエンジニアリング会社で4年ほどだが、つらかった思い出しかない。その後外注で入ったゲーム会社はとても楽しかった。(社畜歴:4年)

佐々原 史緒 Shio Sasahara
作家。広告代理店勤務中に二人三脚漫画家の原作担当としてデビュー。2001年小説に転向。ホラー代表作は「1/2アンデッド」シリーズ(KADOKAWAファミ通文庫)。(社畜歴22年)※のべ

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